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『M-E-M-O-R-I-A ~歴史を紡ぐ魔女~』 中編

 

【登場人物】

〇シンシア(♀)
  歴史を紡ぐ魔女。見た目は20代から30代前半。アルビノ。
  趣味で薬を作ったりしている。

 

〇マチアス(♂)
  亜人。ライカンスロープ種。いわゆる狼男。性格は義理堅く真面目。堅物。

 

○大門(♂)
  和装束を着た東洋の鬼の亜人。マチアスとは親友。ノリが軽い。

 

○ダージリン(♂)
  人間の商人。数少ないシンシアの正体を知る人物の一人。
  よく彼女の下に薬を仕入れに行ったり、物を売ったりしている。

 

〇シエル(♀)
  シンシアの使い魔の少女。基本無表情。
  無表情だけど無感情ではない。少々天然気味。
  
―――――――――――――――――
【役配分】
(♀)シンシア
(♂)マチアス
(♂)大門
(♂)ダージリン
(♀)シエル
 
―――――――――――――――――
【シーン0】


シンシア:魔女……。

 


マチアス:魔女は何人たりとも、その体に傷を負わせられない。

 


シンシア:この力を自分のものとするために、今まで何人の人が私を襲いに来ただろうか。

 


大門:魔女はその絶大なる力の乱用を固く禁ずる。
    万能足りうるその力は、己の使命の為に使用することのみ許可する。

 


シンシア:私は何でもできる。人を生き返らすことも、殺すことも。国一つを滅ぼすことだってできる。

      だけど、それは許されない。そう決められているから。だから力は使えない。

 


ダージリン:魔女は万年の歴史を書に記述することを使命とする。各国国王は自国の歴史書を受け取る代わりに、
       魔女の存在を認め、金銭的、身体的に保障しなければならない。

 

 

シンシア:そう。それが、私が「歴史を紡ぐ魔女」と呼ばれる所以。

 


シエル:魔女は歴史的事象に介入することは許されない。
    介入した場合、自身の消滅を意味する。

 

 

シンシア:何が起こり得ようとも、私は傍観者としての立ち位置を覆すことは出来ない。

       (間。3カウント)
     ……多くの誓約に縛られながら、私は幾千を超える時を歩む。

 

 

 

―――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン1】

 


   (魔女の家。相変わらず机に突っ伏しながら寝ているシンシア。起こしに来る使い魔のシエル)

 


シエル:マスター。おはようございます。朝です。

 

 

シンシア:……ん。ふわぁ……。
      ……また机で寝てしまったのね。
      おはようシエル。後、毛布を掛けてくれてありがとう。

 

 

シエル:いえ。昨日は各国に本を届けにいったり、夜遅くまで作業されていたりとお疲れだと思いましたので。

 

 

シンシア:ふふ、優しい子ね。……ところで、貴女が私を起こしに来るってことは何か予定が入ってるのかしら。

 

 

シエル:本日はダージリンさんが訪ねてくる予定となっています。

 

 

シンシア:ダージリンさん……あぁ、紅茶さんね。懐かしい。
      立派な商人になるって言って、この街を出て以来ね。……何年振りかしら。

 

 

シエル:5年と6か月、11日ぶりです。

 

 

シンシア:そんなに経つのね。折角訪ねてきてくれるのだから、おもてなしの準備でもしましょうか。
      シエル、街に行ってお茶菓子を買ってきて貰えないかしら。私は部屋を片付けるから。

 

 

シエル:分かりました。

 

 

シンシア:……もう5年か。月日が経つのは早いものね。長い時を生きているせいか、
      5年の月日がつい数日前のことのように思えてしまう。

 


   (間。5カウント)
   (外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。)

 

 

大門:なー、こっちでよかったのか?

 

 

マチアス:確かこのあたりのはずだが……。

 

 

シンシア:あら、この声は――まさか!

 

 

大門:誰かに聞いた方が……ってあれ?
   ……へへ、道は間違ってなかったみたいだな、マチアス。

 


マチアス:ふ、そうだな。

 

 

   (シンシアが住む家の玄関の扉が開く。)

 

 

シンシア:こんにちは。お久しぶりですね、マチアスさん。大門さん。

 

 

マチアス:あぁ。シンシアも元気そうで何よりだ。

 

 

シンシア:ふふ、ご心配なく。私は魔女なので。
     ……それにしても、本当に会いに来てくれるとは……嬉しいです。

 


マチアス:嘘の約束をするなら、もっと気の利いたことを言っているさ。

 


大門:……狼男の台詞じゃねぇよな、これ。

 


シンシア:とにかく、立ち話もあれですので、上がってください。

 

 

大門:おう、色んなところに行ったりで疲れてたんだ! お言葉に甘えて、失礼するぜ!

 

 

   (間。5カウント。家の中へ)

 

 

大門:いやー! それにしても、この街変わってて驚いたぜ!

 

 

シンシア:2年前にこの街の産業が発達し始め、さらに都市化が進みましたからね。
      今では裕福な家庭が増え、露天商や行商人が行き交う活気のある街になりましたよ。

 

 

マチアス:景色が変わりすぎて、この家も無くなってしまったかと思ったよ。

 


シンシア:大丈夫ですよ。この家は永遠に無くなる事は無いですから。

 

 

マチアス:どういうことだ?

 

 

シンシア:魔女は世界各国の王と契約を結び、街の、国の、世界の歴史を綴る代わりに、
      不自由の無い生活を保障してくれているのです。だからこの家が無くなることはありません。

 


大門:……ううん?

 

 

シンシア:ふふ、魔女にも色々あるのですよ。

 

 

   (間。5カウント)
   (紙袋を抱えながら帰宅するシエル。)

 


シエル:……これは?

 

 

大門:お?

 

 

マチアス:む、この少女は?

 

 

シエル:……ふむ。

 

 

大門:な、なんだよジロジロみて。

 

 

シエル:シエルが推測するに紅茶さんが別人になって、さらに二人に分裂して訪ねてきた?

 

 

大門:なんだそりゃ……。

 

 

シンシア:あら、お帰りなさい、シエル。

 

 

シエル:ただいま戻りました、マスター。

 

 

シンシア:えっと、この人たちの事なんだけど――

 

 

シエル:分かっています。この方たちこそ、マスターが以前言っていたご友人であるということ。
     そして、たった今買って来たお菓子の量では足りないということを、シエルは理解しました。

 


シンシア:ごめんなさいね、もう一度頼めるかしら。

 


シエル:はい、行ってきます。

 

 

マチアス:……今のは?

 

 

シンシア:私の使い魔とでも言いましょうか。簡単に言えば使用人みたいなものです。
      名前はシエル。少し変わった子ですけど、悪気はないので優しくしてあげて下さい。

 


マチアス:使い魔も呼ぶことが出来るのか。……だが、初めてここに来た時にはいなかったみたいだが。

 

 

シンシア:その時はこの国の王に歴史書を収めに行ってもらっていました。
      ……そう言えば、今回はどれくらい滞在するんですか? 

 


マチアス:この街で仕事を頼まれてな。大体1ヶ月程度を予定している。

 

 

シンシア:そうですか……。泊まる宿はもう決めたのですか?
      無いならこの家に泊まっていただいても構いませんが……。

 


マチアス:いいのか? 確かに宿代が浮くのは助かるが……。

 

 

シンシア:本ばかりで埃っぽい家でよければ、ですが。

 

 

マチアス:いや、構わない。よろしく頼む。

 

 

シエル:マスター、ただいま戻りました。そして、紅茶さんがまたしても道に迷っていたので連れてきました。

 

 

ダージリン:いやぁ、はは……。お久しぶりです、シンシアさん。

 

 

シンシア:この家に来るたびに道に迷うのは、相変わらずですね。
      ……それにしても、立派になられましたね。

 


ダージリン:僕もいい大人ですからね。道に迷うのは……その……5年ぶりだから仕方ないということで。

 

 

シエル:紅茶さんは5年前、1週間ごとに来ていた時も、1度たりとも自分の力で来れたことはないですが?

 

 

ダージリン:ぐっ……

 

 

シエル:ちなみにその時はこの家が入り組んだ路地裏にあるのが悪いと――

 

 

ダージリン:わ、悪かったって! その辺にしてくれよ、シエルちゃん!
       ――ってあれ? ど、どちらさま?

 


大門:いや、こっちの台詞だよ。

 


ダージリン:おっと失礼。商人たるもの、まずは信用からだな。僕はダージリン。行商人をしてる。
       魔女のシンシアさんとは長年物を買ったり売ったりしてる仲だ。あんたちは?

 


マチアス:マチアスだ。シンシアの正体を知っているということは隠す必要はないだろう。俺たちは亜人だ。
      ライカンスロープ……いわゆる狼男だ。

 


大門:同じく亜人の大門だ。よろしくな、商人さんよ。あ、ちなみに俺は鬼な。

 

 

ダージリン:亜人だって!? 亜人とお近づきになれるなんてついてるなぁ、僕! 

 

 

マチアス:最近、亜人は少なくなってるからな。
      だが、見た目が違う以外、お前たち人間と殆ど変わりは無いから、そんなに面白味は無いだろう?

 


ダージリン:んー、それもそうだな。へへ、ともかく色んな人と知り合いになれて、僕は嬉しいよ。
       よろしくな、二人とも! そうだ、良い商品を仕入れたんだ。
       あまり手に入らない珍しいお酒みたいなんだ。皆で飲もうじゃないか!

 

 

大門:おいおい、こんな時間から酒かぁ? ま、俺は嫌いじゃねぇけどよ。

 

 

ダージリン:細かいことは気にしない気にしない。
       あ、もしかしてお酒飲めない?

 


大門:鬼が酒に弱い訳ないだろ? はははははは!

 

 

マチアス:俺は構わないが……。(シンシアを見る)

 

 

シンシア:私ですか? いいですよ。誰かとお酒を酌み交わすなんて本当に久しぶり……。
      シエル、グラスを持ってきてもらってもいいかしら?

 


シエル:分かりました。

 


シンシア:5人分ね。

 

 

シエル:分かりました5人分……え? 5人分?

 

 

シンシア:私とマチアスさん、大門さんに紅茶さん。そして使い魔のあなたを含めて5人分でしょう?

 

 

シエル:……シエルもご一緒していいんですか?

 

 

シンシア:おかしなことを聞くのね。使い魔と言えど、あなたは道具じゃないのよ。

 

 

シエル:……分かりました。用意します。くすっ。

 

 

ダージリン:シエルちゃんも笑うんだな。良いもの見たよ。

 

 

シエル:いえ、笑ってません。紅茶さんの勘違いです。

 

 

大門:はっはっは、一丁前に照れてるじゃねぇか!

 

 

マチアス:ふっ……。

 

 

シンシア:うふふ。

 

 

シエル:マスターまで……。し、シエルはグラスを取ってきます。

 

 

シンシア:楽しい夜になりそうですね。

 

 

マチアス:あぁ、そうだな。

――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン2】

 

   (酒盛り後。夜中、一人机に向かって何かを書いてるシンシア。マチアスが部屋に入ってくる。)

 

シンシア:……はぁ。

 

 

マチアス:明かりが点いてるから来てみれば……まだ起きていたのか、シンシア。

 

 

シンシア:(ペンを置く)あ、マチアスさん。どうしたんですか? こんな夜更けに。

 

 

マチアス:少し飲みすぎたのか、目が冴えてしまってな。

 

 

シンシア:そうですか。何か飲み物でも入れましょうか?

 

 

マチアス:いや、気を遣ってもらわなくてもいい。
      そうだ、少し話し相手になってくれないか?

 


シンシア:私で良ければ。

 

 

マチアス:……それにしても、たった一度しか会っていないのに、5年も覚えてくれているとは思わなかった。

 

 

シンシア:数少ない私のお友達です。忘れるはずはありませんよ。

 

 

マチアス:そうか。だが、今日のあんたの楽しそうな顔を見ると、来てよかったと思うよ。

 

 

シンシア:なんだか、恥ずかしいです。

 

 

マチアス:幸せそうな顔だった。

 

 

シンシア:……確かに幸せでした。でも、心の奥底で不安にもなります。

 


マチアス:不安?

 


シンシア:実は紅茶さん……いえ、ダージリンさんと再会したのも5年振りなのです。
      ダージリンさん……成長していました。

 


マチアス:それはそうだろうな。人間は俺たち亜人や、お前のような魔女とは時の流れが違うからな……。
      ……お前が何を考えているか大体分かる。怖いんだろう?
      知り合った友が、また自分を置いて行く、そう思っているのだろう?

 


シンシア:……はい。

 

 

マチアス:では、知り合わなければよかったと思うか?

 

 

シンシア:いえ……そんなことは決して……。

 

 

マチアス:ならばそれが答えだ。今この時を大切に生きること……。
      永遠に生きるからこそ、今を大切にすべきだろう?

 


シンシア:今を……大切に?

 


マチアス:あぁ。俺も偉そうなことを言える立場では無いが、そう思った。
      すまないな、説教臭くて。

 


シンシア:いいえ。ありがとうございます。
      やはり、貴方は優しい人ですね。顔には表さないけど、しっかり人の事を考えてくれている。

 


マチアス:……そんなことはない。

 

 

シンシア:いいえ、私は何百年、何千年と生きて、多くの人を見てきました。人を見る目は肥えてるつもりです。

 

 

マチアス:買いかぶり過ぎだ。

 

 

シンシア:……私を魔女と知り、普通に接してくれる人なんていませんでした。
      大抵はこの力を利用しようとする者か、もしくはあたかも神のように崇められるか。その二つでした。

 


マチアス:……。

 


シンシア:マチアスさんは、私の対等に扱ってくれるどころか、境遇まで気にかけて下さったのです。
      たとえ買い被りであっても……少なくとも私は貴方が優しい人だと、そう思っています。

 


マチアス:……素直に受け取らせてもらおう。ありがとう、シンシア。

 

 

シンシア:こちらこそ、ありがとうございます、マチアスさん。
      さて、いい時間帯ですね。そろそろ寝るとしましょうか。

 


マチアス:あぁ、そうだな。

 

 

 

――――――――――――――――(間。7カウント)

【シーン3】


大門:ふあぁ……。眠っ……。

 


ダージリン:お! 来た来た。おはよう、寝坊助さん。

 

 

マチアス:遅いぞ、大門。早く顔を洗って来い。

 

 

シエル:マスター、この服動きづらいです。いつもの服がいいです。

 

 

シンシア:こんな機会初めてでしょう? 少しはお洒落しないと、ね?

 

 

シエル:マスターは?

 

 

シンシア:私はいいんです。

 

 

シエル:理不尽。

 

 

大門:なんだなんだ? 皆元気だなぁ……。ダージリンに至っては昨日あんなにベロンベロンだったくせに。
    ……ところでどういう状況だ?

 

 

ダージリン:どういう状況かって、見ての通り、絵を描く準備をしてるのさ。

 

 

大門:こんな朝っぱらから何で……。

 

 

マチアス:何言ってるんだ大門。俺たちも暇じゃないだろう?
      昼からは依頼された仕事に向かうから朝じゃないとこんな時間は取れんだろう。

 


大門:あ、そうか。すっかり忘れてたぜ。

 


マチアス:はぁ……。しっかりしてくれ。

 


ダージリン:そういうことさ。僕も昼からは色んな物を仕入れに出掛けなきゃならない。だから皆がいる朝ってこと。
       ――よし、準備が整った。シンシアさんは真ん中の椅子に腰かけて下さい。

 


シンシア:え? 私が真ん中ですか?

 

 

ダージリン:そりゃそうですよ。この家の主は貴女なんですから。

 

 

マチアス:俺たちはどこに立てばいい?

 

 

ダージリン:そうだなぁ……。男性陣は少し体力使うけど、シンシアさんの傍で立つ感じでお願いしてもいいかい?
       シエルちゃんも同じで。

 


マチアス:あぁ、分かった。

 

 

シエル:承知しました。

 

 

ダージリン:いやー、嬉しいなぁ。魔女とその使い魔。狼男と鬼、そして人間。
       一つの家にこんなにも色んな人が集まるなんて、そうそうある機会じゃないよ! うんうん、筆が進む。

 


大門:……なぁ、まさか絵が完成するまで、動くなって訳じゃねえだろうな。

 

 

ダージリン:嫌だなぁ、当たり前じゃないか。動いたら描いてる絵と構図が変わっちゃうだろ?

 


大門:……嘘だろ?

 

 

ダージリン:あー、もうちょっと笑顔だと嬉しいな。特にマチアスとシエルちゃん。

 

 

マチアス:ぬ。こ、こうか……。

 

 

シエル:マチアスさん。顔が引きつっています。

 

 

大門:シエル、そういうお前はせめて笑顔をつくる努力をしろ。

 

 

シエル:そんなことありません。シエルは今満面の笑みです。

 

 

大門:嘘つけ。

 

 

シンシア:……ふふっ。

 

 

ダージリン:お、いい笑顔! 全く、シンシアさんを見習ってほしいよ。

 

 

マチアス:楽しいか?

 

 

シンシア:えぇ。互いの種族を越え、こうして皆で一緒にいることが、とっても。

 

 

マチアス:そうか。……ふっ。

 


ダージリン:それだよマチアス! 今の顔!

 


マチアス:ぬ? ど、どんな笑顔だった?

 

 

シエル:シエルに聞かれても困ります。

 

 

シンシア:ほら、マチアスさん。頑張ってください。

 

 

マチアス:く、ぐぬぬぬうううう。

 

 

大門:ぶははははは! マチアス、すんげぇ顔だぜ! あははははは!

 

 

  (間。7カウント)

 

 

ダージリン:はー、やっと出来たー!

 

 

シンシア:ふふ、ご苦労様です。どれどれ――あら、素敵な絵ですね。

 

 

マチアス:なるほど、上手いものだな。

 

 

ダージリン:そう言ってくれると嬉しいよ。それじゃあこれを――はい。

 

 

シンシア:私に?

 


ダージリン:僕は商人だから持ち歩くことなんて出来ない。旅をするマチアスと大門もそうだろう?
       なら、この絵を上げるとしたら、シンシアさんかなって思ったんです。

 


シンシア:……でも。

 

 

マチアス:絵があると思い入れも強くなるだろう。
      だが、この絵は一つの時代に、俺たち5人が共に生きていた確かな証拠であり、

      掛け替えのない思い出となるのではないか。

 


シンシア:……そうですね。では、ありがたく飾らせてもらいますね、紅茶さん。

 

 

ダージリン:別にいいですよ。シンシアさんにはお礼を言っても言い足りないくらいですから。
       さて、絵も描けたし、僕は出発しようかな。

 

 

大門:おーい、マチアス! こっちも準備が出来たぜ!

 

 

マチアス:あぁ、分かった。

 

 

シンシア:では、紅茶さん。暫くお別れですね。

 

 

ダージリン:はい。でもまぁ、また貴女が作った薬を買いに来ますんで。

 

 

シンシア:えぇ、待ってます。

 

 

ダージリン:それじゃあ、皆さん。お達者で――


 

――――――――――――――――(間。7カウント)
【シーン4】


シンシアM:あれからさらに20年の歳月が過ぎた。世界は、静かに動き始めていた。
      繁栄し、力を持った国々は、さらなる領土を求め、
      また自国の力を誇示するために、戦争という手段を取る。
      戦争によって多くの金を、人を、時間を、全てを費やしていく。

 


   (間。5カウント)


 

大門:おーう、失礼するぜー。


 

シエル:いらっしゃいませ、そしてお久しぶりです、大門さん。

    日に日にこの家に来ることに遠慮が無くなってきてますね。

 


大門:固い事言うなって。あれ? お前のマスターは?

 


シエル:マスターは只今遠出されていて、シエルは一人お留守番です。


 

大門:なんだ、そうなのか。まぁいいや、ほら土産だ。


 

シエル:これは……。

 


大門:木彫りの牛だ。最近故郷に寄ったからな。へへ、躍動感があっていいだろ?


 

シエル:お言葉ですが、正直センスを疑います。


 

大門:素直に喜べよなー。


 

シエル:……それにしても、今日はお一人なんですね。


 

大門:あぁ、別にいつも一緒って訳じゃねぇからなぁ。

 


ダージリン:なんだ、てっきりいつもに一緒にいると思ったよ。

 


大門:ん? おぉ! お前は……ダージリンか? 初めて会った時は若造だったのに。
   暫く見ないうちにお前さん、老けたなぁ。


 

ダージリン:僕は人間だからね。いつのまにか40歳さ。


 

大門:オッサンだな。


 

ダージリン:ふふ、見た目だけだったら僕の方が年上に見えるかもね。
      そういう大門、君は変わらないな。

 


大門:鬼は長生きだからな。それより、そんな大荷物でどうしたんだ?


 

ダージリン:……戦争が始まったんだ。

 


大門:戦争だぁ!?


 

シエル:今やこの国は世界有数の軍事力を持ち、さらなる領地を求めるために他国を侵略しようとしています。


 

ダージリン:おかげで武器や防具、傷薬が飛ぶように売れる。


 

大門:嬉しそうには聞こえねぇな。


 

ダージリン:戦争を喜ぶ人なんていると思うか?
      ……だけど僕は商人だ、物売らないと食べていけない。
      今では養う妻と息子もいる。だからしょうがなく武器を売ってるんだ……。


 

大門:……。


 

ダージリン:戦争には亜人も利用されてるらしい。亜人を傭兵として雇い、戦争に駆り出してるそうだ。


 

大門:どうやらそうみたいだな。俺たちの所にも依頼が来た。まさかそれが戦争の手伝いとは思っても見なかったがな。


 

ダージリン:変なことを聞くが……何で受けなかったんだ?


 

大門:わざわざ人を殺してまで金を稼ぎたいとは思わねえよ。他の道があるならその道を選ぶ。だから断った。


 

ダージリン:他の道……。


 

大門:まあ言い換えれば、他に道が無ければ、血生臭い道でも歩くってことだな。

 


ダージリン:ドライだな、大門は。

 


大門:うだうだ悩んでる程、繊細な頭じゃないだけだよ。

 


ダージリン:戦争なんてしなけりゃいいんだ……。欲なんてかかず、今の領土で我慢すればいいじゃないか……。
      戦争なんて下らない事をするから僕たちは!

 


シエル:……紅茶さん、様子が変です。


 

大門:お、おいダージリン、どうした!


 

ダージリン:徴兵令が出たんだ……。


 

大門:徴兵令……?


 

ダージリン:今の僕は物を売る商人だけど、来週には人を殺す兵士になる。


 

大門:っ! ……なぁ、シエル。シンシアに頼んでこの戦争をどうにか出来ないのか?


 

シエル:出来ません。

 


大門:な、なんでだよ!? 魔女の力だったら戦争くらい止められるだろ!?

 


シエル:出来ません。前にも言ったように、戦争を止めること、それは歴史に介入するという事です。
    すなわち魔女の使命に背くことにあたります。
    使命に背けばマスターは……消えてしまいます。


 

大門:くそっ……!

 


ダージリン:大門、心配してくれてありがとう。でも……僕は大丈夫。
      今日はね、皆と暫く会えなくなりそうだから挨拶しに来たんだ。

 


大門:……。


 

ダージリン:シエルちゃん、シンシアさんによろしく伝えておいて欲しい。

 


シエル:分かりました。

 


ダージリン:……それじゃあ、行ってくる。


 

大門:……おい、ダージリン。

 


ダージリン:どうしたんだい。


 

大門:お前は商人だ。兵士じゃねえ。無理だと思ったら逃げろ。格好悪くても、情けなくてもいい。
   昔からよく言うだろ、命あっての物種ってな。

 


ダージリン:あぁ、覚えておく。

 


大門:お前ら人間は俺たち亜人より命が短いんだ。だから、これ以上に短くするような真似をするんじゃねえ。


 

ダージリン:……ありがとう。それじゃあ、僕は行くよ。


 

   (間。5カウント。出発するダージリン)


 

シエル:意外でした。大門さんがあんなことを言うなんて。


 

大門:だとしたらきっと、お前らのせいだな。マチアスとシンシア、ダージリンにシエルお前もだ。
   お前らといると、仲間といる楽しさを思い知らされるんだよ。
   だから仲間がみすみす死にに行くのを見過ごせねぇんだ。


 

シエル:仲間……。


 

大門:どちらにしろ、シエル。お前さんもダージリンに死んでほしくないだろ?


 

シエル:……紅茶さんはマスターの大事なお客様なので。

 


大門:それもそうだろうけど、それだけじゃねえだろ?


 

シエル:え?


 

大門:お前さん、ダージリンの事好きだろ?


 

シエル:……シエルに恋愛感情など分かりません。

 


大門:あぁ、すまん。言い方が悪かった。愛情がどうとかじゃなくてよ、仲間として、友達としてって事だ。


 

シエル:……?


 

大門:何て言えばいいのかねぇ。……あぁ、そうだ、あれだな。
   いなくなったら、寂しい。そう思うだろ?

 


シエル:そうですね。またいつもみたいに道に迷う紅茶さんを、シエルが家まで案内したいです。


 

大門:へへっ。


 

シエル:シエルには愛などという感情は分かりませんが、大門さんの言葉を使うなら、
    私は紅茶さんが好きです。

 


大門:俺も好きだ。ダージリンもシエルも、マチアスもシンシアも皆、な。
   一人でも欠けると俺は寂しく思うぜ。だから、今はダージリンの無事を祈ろうぜ。


 

シエル:はい。


 

   (間。7カウント)


 

シンシアM:やがて戦争は始まった。兵士たちは人を守るために、生き抜くために、

      祖国のために、そして繁栄の為に敵を殺す。
      戦争は膠着し、長期間に渡った。次々と徴兵される国民たち。作り出されていく軍需物資。
      この戦争で土地は荒れ、民の心は疲弊し、多くの生命が終わりを告げ、「歴史」へと還ってゆく。

 

 

 

 

to be continued...
 

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