top of page

『M-E-M-O-R-I-A ~歴史を紡ぐ魔女~』 前編


【登場人物】


〇シンシア(♀)
  歴史を紡ぐ魔女。見た目は20代から30代前半。アルビノ体質。
  趣味で薬を作ったりしている。


〇マチアス(♂)
  ライカンスロープ。いわゆる狼男。性格は義理堅く真面目。堅物。


○大門(♂)
  和装束を着た東洋の鬼。マチアスとは親友。ノリが軽い。


○ダージリン(♂)
  人間の商人。数少ないシンシアの正体を知る人物の一人。
  よく彼女の下に薬を仕入れに行ったり、物を売ったりしている。


〇シエル(♀)
  シンシアの使い魔の少女。基本無表情。無表情だけど無感情ではない。
  少々天然気味。

  
―――――――――――――――――


【役配分】
(♀)シンシア
(♂)マチアス
(♂)大門
(♂)ダージリン + 盗賊①
(♀)シエル + 盗賊②

 
―――――――――――――――――
【シーン0】

 

マチアス:時は移ろう。無情に、無常に流れていく。

 

 

大門:文明は栄え、衰退する。

 

 

ダージリン:人は生まれ、成長し、老いてはやがて死んでいく。

 

 

マチアス:森羅万象、いつかは滅びの道を辿るもの。

 

 

大門:それは変えることができぬ絶対真理。

 

 

ダージリン:その中で唯一不変の存在、魔女。

 

 

マチアス:移り変わる世界が刻む足跡を――

 

 

大門:風化していく歴史を――

 

 

ダージリン:魔女は一つも漏らさず書に記す。

 

 

マチアス:それが彼女の存在理由。それが歴史を紡ぐ魔女の使命。

 

 

   (間。3カウント)

 

 

シンシア:MEMORIA、歴史を紡ぐ魔女(タイトルコール)

 

 

 

――――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン1】


   (とある家を探して路地裏に迷い込んだ人間の行商人ダージリン)

 

 

ダージリン:えーと……この道を通って……ここの角を曲がる。
        それで突き当りを――ってあれ? 行き止まりだ。
        くっそー! なんでだぁ? 場所間違えたかなー。

 

 

シエル:ん? あなたは……紅茶さん。

 

 

ダージリン:あれ? シンシアさんトコのシエルちゃんじゃないか! あと紅茶さんじゃなくてダージリン。
        ちゃんと覚えてくれよ。

 

 

シエル:知っています。マスターがそうお呼びしてるので、シエルもそう呼んでいます。

 

 

ダージリン:君のマスター、陰で僕の事そう呼んでるの?

 

 

シエル:はい。

 

 

ダージリン:ショックだ……。いや、親しみがあってそれでもいいかも?

 

 

シエル:ところで、また薬を買いに来たんですか?

 

 

ダージリン:そう。君のマスターが作る薬は人気があって良く売れるんだよ。
        まだストックはあるかい? あったら譲ってほしいんだけど。

 

 

シエル:ストックはありますが、あなたに売っていいのかはマスターに聞かないと分からないです。

 

 

ダージリン:そっか。そうだよな。シエルちゃん、僕を君のマスターの家まで連れて行ってくれないかな。

 

 

シエル:元よりそのつもりで来ました。
     マスターは紅茶さんが道に迷ってるだろうから案内をしてやってくれと、シエルに命じました。

 

 

ダージリン:流石! よく分かってる!

 

 

シエル:一つ言っておきますが、マスターの仕事は薬売りではありませんので。

 

 

ダージリン:分かってるって!

 

 

シエル:やれやれ……。では、紅茶さん、案内しますのでシエルに着いてきてください。

 

 

  (間。5カウント。魔女の家に到着)

 

 

ダージリン:あー、やっと着いた……。まさか迷い込んだ路地の一つ隣だったなんて……。

 

 

シエル:マスター、紅茶さんが到着されました。

 

 

シンシア:あら、お久しぶりですね、紅……いや、ダージリンさん。

 

 

ダージリン:紅茶さんでいいですよ。

 

 

シンシア:いいんですか?

 

 

ダージリン:シエルちゃんから聞きました。まぁ紅茶さんの方が親しみがあっていいですし、
        そう呼んでもらっても結構ですよ。後、薬を安く売ってくれそうですしね。

 

 

シンシア:抜け目がないですね。

 

 

ダージリン:一応商人なので。

 

 

シンシア:ふふ。それで、薬はどれくらい必要ですか?

 

 

ダージリン:そうだなぁ……、今度は十個くらいあると嬉しいかも。

 

 

シンシア:十個ですか……。すみません、作り置きが無くて今は五つしか……。

 

 

ダージリン:全然大丈夫ですよ! あ、その代わり新しいお薬とか開発したら、真っ先に教えてくださいよ!

 

 

シンシア:えぇ 、いいですよ。紅茶さんも、いい商品がありましたら教えてくださいね。

 

 

ダージリン:いい商品……今日は何か珍しい物あったっけ。
        あ、これなんかどうです? 最近仕入れたんですよ。

 

 

シンシア:これは……和菓子ですね。珍しい。

 

 

ダージリン:ありゃ、ご存知でしたか。遠い国のお菓子で知らないと思ったのになぁ。

 

 

シエル:紅茶さんはマスターの仕事が何か知っているはずです。

 

 

ダージリン:あ、そうか。そりゃ知ってるよね。なぁんだ、新鮮味ないなぁ……。

 

 

シンシア:すみませんね。では薬はその和菓子と交換でいいですよ。

 

 

ダージリン:え!?

 

 

シンシア:もともとこのお薬は、作るのに手間は掛かりませんし、紅茶さんが求める数も用意できなかったので……。

 

 

ダージリン:そんな! 申し訳ないですよ!

 


シンシア:では、お金と交換ということで?

 

 

ダージリン:あ、いや……、和菓子との交換でお願いします。

 

 

シエル:紅茶さんは駆け引きに弱いのです。商人なのに。

 

 

ダージリン:う、うるさいよ! あ、それならこれもお付けしますよ!
        緑茶! 和菓子に合いますので、どうぞご一緒に。

 

 

シンシア:あら、ありがとうございます。

 

 

シエル:損な性格をしていますね。

 

 

ダージリン:せめてもの気持ちと言ってくれ。それじゃ、あまり長居しても貴女の仕事に差し障りそうだから、
        僕はお暇するよ。お薬ありがとうございます。また機会があれば。
        次会う時はいい商品用意してきますんで。

 

 

シンシア:はい、またいらしてください。緑茶さん。

 

 

ダージリン:りょ……?

 

 

   (間。カウント3)

 

 

シエル:……紅茶さんから緑茶さんへ。


 

――――――――――――――――――(シーン転換。カウント7)
【シーン2】

 

   (雨。路地裏に迷う旅人のマチアスと大門)

 

 

マチアス:おい、大門! ここはどこだ!

 

 

大門:どこって……えーっと……路地裏? ここ……どこだろうなぁ……。

 

 

マチアス:全く、お前を信じた俺が馬鹿だった。

 

 

大門:まー、そんな怒んなってマチアス。怒ると皺が増えるぜ? な?

 

 

マチアス:誰のせいでこうなったか分かっているのか? ――ぬ?

 

 

大門:ありゃ、雨……だな。

 

 

マチアス:……最悪だな。とにかく、どこか屋根のあるところに行くぞ。

 

 

大門:はいよー。

 

 

   (間。5カウント)
 

 

   (路地裏にて。屋根があるところで立ち往生する二人)

 

 

マチアス:もう夜か……。人もいないし、雨も激しくなってきたな。

 

 

大門:なあマチアス、匂いで分からねえのか。

 

 

マチアス:匂いはこの雨で掻き消されてしまった。……はぁ、だから都会は嫌いなんだ。
       ごちゃごちゃしててどうなってるか分からん。

 

 

大門:俺は好きだけどなー。美味いもんがたくさんある。

 

 

マチアス:それで道に迷えば世話が無いな。

 

 

大門:まーだ道間違った事怒ってんのか? 元気だせよ、ほら、ほら。うりうり。

 

 

マチアス:止めろ、気持ち悪い。ともかく、俺は野宿は嫌だぞ。

 

 

大門:確かに野宿は嫌だな。――ってあれは?

 

 

マチアス:どうした、何か見つけたのか?

 

 

大門:あの家、明かりが点いている。泊めてもらえたりしないかな?

 

 

マチアス:建物の構造を見る限り、玄関を探し出すために大回りしないといけなさそうだな。

 

 

大門:玄関、ここにあるけど?

 

 

マチアス:なんだって? ……裏口か? なんにせよ助かった。

 

 

大門:美人なおねーさんが出迎えてくれたら言う事なしなんだけどな。多分オッサンだわ。オッサンに銀貨一枚。

 

 

マチアス:俺もそれに銀貨一枚。

 

 

大門:それじゃ賭けにならねーだろー。

 

 

   (間。3カウント)
   (玄関をノック)

 

 

マチアス:夜遅くにすまない! 旅の者だが道に迷ってしまった。夜が明けるまで留まらせて貰えないだろうか?
      (間。2カウント)ふむ……いないのか?

 

 

大門:いや、明かりが点いてるんだ。いないことはねぇだろうよ。

 

 

マチアス:だとしたら寝てるのか? ふむ、困ったな……。

 

 

大門:ん? おい、マチアス。この家、鍵が掛けられてないぞ。――失礼するぜー。

 

 

マチアス:あ、おい! 大門!

 

 

大門:気が引けるが、事情を説明すれば分かってくれるだろうぜ。

 

 

マチアス:……そうだな。そうだといいが。

 

 

   (間。7カウント)
   (家の中に入ってみると、至る所に本が積まれている)

 

 

大門:なんだこの家は……。本ばっかりだな。

 

 

マチアス:……これは、歴史書か? これも……この本も……。
       どうやら全部歴史書のようだな。

 

 

大門:歴史書ぉ? なんでそんな堅苦しいモンが――

 

 

マチアス:待て、大門。……誰かいる。

 

 

大門:なんだって?

 

 

   (間。3カウント。そこには木製の机に伏して寝ている女の姿。)

 

 

マチアス:白い肌に白い髪……この女、アルビノか。
       ……寝ているのか?

 

 

シンシア:……くぅ、うぅ……。――はっ!?(目が覚める)

 

 

マチアス:すまない、起こしてしまったようだな。

 

 

シンシア:……貴方たちは?

 

 

マチアス:安心してくれ、俺たちはあんたに害を加えるつもりはない。この大雨だ。少しだけ匿って欲しい。

 

 

シンシア:……別に構いはしませんが。ただ、ご存じでしょうけど、この家には何もありませんよ。

       


マチアス:いや、大丈夫だ。恩に着る。

 

 

シンシア:大したおもてなしはできませんが、お茶でも入れましょうか。
       雨で体も冷えてることでしょう。

 

 

大門:おう、助かるぜ!

 

 

マチアス:別に気を遣ってもらわなくても……。

 

 

シンシア:折角のまともなお客様なので、おもてなしさせてください。

 

 

マチアス:……それなら。

 

 

   (間。5カウント)
   (シンシア、東洋の緑茶・和菓子を人数分持ってくる)

 

 

シンシア:どうぞ。お口に合うか分かりませんが。

 

 

マチアス:構わない、ありがとう。

 

 

大門:うひー、あったけぇ! ――ってこれ、緑茶じゃねえか! 俺の故郷によくある茶だよ!

 

 

シンシア:まぁ、そうなんですね! 今日偶然商人さんから仕入れたんですよ。
       貴方は東の国出身なんですね。えぇっと――

 

 

マチアス:そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はマチアス。旅人だ。
       旅の各地で依頼を受けることで路銀を稼いでいる。

 

 

大門:同じく大門だ。よろしくな!

 

 

シンシア:マチアスさんと大門さんですね。私はシンシアと言います。

 

 

大門:それにしてもあんた、こんな場所に住んでるのか?

 

 

シンシア:えぇ。騒がしいのはあまり好きじゃないんです。

 

 

大門:そんなもんかねぇ。

 

 

シンシア:それにしても、珍しいですね、あなたたちのような――


 

盗賊①:おーう、失礼するぜぇ!

 

 

大門:おわっ、なんだなんだ?

 

 

盗賊①:へへっ、見つけたぜ。

 

 

シンシア:あなたたちは?

 

 

盗賊①:俺たちのことなんてどうでもいいんだよ。
      あんたを捕えて俺たちの言いなりにすれば、何だって出来るんだからなぁ。

 

 

シンシア:……どこで情報を得たのかは知り得ませんが、無駄な事はお止めなさい。

 

 

盗賊①:無駄かどうかは、女の細腕で俺たちを止めてみせてから言うんだなぁ!
      いけぇ! お前ら!

 

 

盗賊②:任せて!

 

 

マチアス:させるか! 

 

 

盗賊②:何よアンタたち。アタイたちの邪魔をするつもり?

 

 

大門:どんな目的かは知らねぇがよ、いきなり現れて乱暴とは見過ごせねぇな。

 

 

シンシア:マチアスさん、大門さん……。

 

 

盗賊②:同業者かと思ってたけど、どうやらそうじゃないみたいね。邪魔するなら、容赦しないわよ!

 

 

大門:同業者ぁ? 一緒にするんじゃねぇよ! それにやれるものなら、やってみろってんだ!

 

 

盗賊②:きゃっ!? いたたたたたた!? ななななな何よ、この力!?

 

 

マチアス:相手が悪かったな。生憎、俺たちは人間じゃない。

 

 

盗賊②:なななな、なによその姿!

 

 

マチアス:怪我したくなければ大人しく立ち去るがいい。

 

 

盗賊②:ふ、ふふふ!

 

 

大門:何がおかしいんだよ!

 

 

盗賊②:奥の手は、最後までとっとくものよ! ねぇっ!

 

 

盗賊①:ほーら、この女が隙だらけだぜ?

 

 

マチアス:シンシア!

 

 

シンシア:……。

 

 

盗賊①:自分がピンチだってぇのに、眉一つ動かさないんだな。冷静な女は嫌いじゃないぜ?

 

 

シンシア:こんなことで優位に立ったと思わないことです。

 

 

盗賊①:強気だねぇ。それじゃぁ、これを見てもそう言えるか?
      言っておくが、このナイフの切れ味はすげぇぞ?

 

 

大門:くっ、あの野郎……。

 

 

盗賊①:さぁ、大人しく俺たちに従ってもらおうか。

 

 

シンシア:……どのナイフが切れ味が凄いのでしょうか。

 

 

盗賊①:あ? そりゃぁこの――ってなんだこりゃ!? ナイフが……折れてる!?

 

 

盗賊②:うわああああ!? あ、アタイたちの武器もボロボロに……どうして!?

 

 

シンシア:たとえ折れてなくても、私を傷つけるのは不可能ですが、私の客人に傷をつけられては困りますので。

 

 

盗賊①:くっ、このアマぁああ!

 

 

シンシア:あまり私に敵意を向けると――

 

 

盗賊①:ぎゃぁあああ、う、腕が! 腕がぁ!?

 

 

盗賊②:な、なんでそいつの腕が折れてるのよ……あんたたち、何もしてないでしょ!?

 

 

シンシア:だから言ったのに……。さて、あなたたちはどうするんですか? まだ私を狙いますか?

 

 

盗賊②:ひ、ひぃ……。に、逃げるわよ!

 

 

盗賊①:ま、待て! お、俺を置いてくなぁ!!!

 

 

   (間。5カウント。)
   (逃げ去る盗賊)

 

 

マチアス:……行ったか。

 

 

シンシア:お騒がせしてすみませんでした。

 

 

大門:あんた……一体!?

 

 

マチアス:もしやと思っていたが、あんたが「歴史を紡ぐ魔女」か。

 

 

シンシア:知っていたのですね。

 

 

マチアス:いや、噂くらいでしか聞いたことがなかった。
       この世界に神をも等しい力を持ち、何千年の時を生きる魔女が世界の歴史を紡いでいると。
       ……まさか人の世に普通に暮らしているとは思わなかったがな。

 

 

シンシア:人の世では無ければ、歴史書は書けませんからね。それに人の世に紛れていると言えば、
       あなたたち亜人も同じでしょう。マチアスさんはライカンスロープ、
       大門さんは鬼……しかもここらじゃ見ない東洋の鬼ですね。

 

 

マチアス:よく知ってるな。

 

 

シンシア:一応歴史を記して生きているので、ある程度の事は知識があります。
       まぁ、こんな状態で長話をしてもなんですから、続きは食事をしながらでもしましょうか。

 

 

大門:いいのか!? 俺、ちょうど腹減ってたんだよ!

 

 

シンシア:いえ、巻き込んでしまったので、そのお詫びですよ。

 

 

マチアス:そうか。なら俺たちは先ほどの奴らが荒らしたこの部屋を掃除しておこう。

 

 

シンシア:ありがとうございます。

 

 

マチアス:大門、手伝え。

 

 

大門:えー! 俺もかよ。

 

 

マチアス:ご馳走してもらうんだ、当然だろう。

 

 

大門:はいはい、分かったよ。

 

 

――――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)

【シーン3】

 

   (シンシアの料理を食べたマチアス、大門は部屋で寛いでいる。)

 

 

大門:ぷっはー、食った食った! ごちそうさん!

 

 

シンシア:ふふ、お口にあったのならばなによりです。

 

 

マチアス:……なぁ、シンシア。

 

 

シンシア:なんでしょう?

 

 

マチアス:この家に積まれてる本は全部、あんたが書いたのか。

 

 

シンシア:国に進呈したりもしていますので、この家にあるのはごく一部ですよ。
       たかだか50年分くらいでしょうか。

 

 

大門:ご、50年!? あんた……一体何歳なんだ?

 

 

シンシア:長く生き過ぎて数えるのは止めましたが、少なくとも1000年以上は生きてますよ。

 

 

マチアス:……。

 

 

シンシア:魔女に寿命はありません。与えられた力で体を守る事だってできます。

       魔女が死ぬ時があるとするなら……使命に背いた時と、歴史に介入した時です。

 

 

大門:なんだそりゃ。

 

 

シンシア:私の使命は歴史を書に記していくこと。

      強大な力を持つ魔女が歴史となる事象を強引に捻じ曲げてはいけないのです。
       だから私が歴史の表舞台に立つことは決してありません。
       戦争でどんなに人が死んでも、政争で国が滅んでも、文明さえも衰退しても、
       私は座ってその出来事を文字にして残していくだけです。

 

 

マチアス:……ふむ。

 

 

大門:家族はいないのか? 友達とか……。

 

 

シンシア:家族はいません。正直な話、どこで生まれたのかも知り得ません。
       初めてこの地に立った時、唯一知っていたのは自分の名前と課せられた使命だけでした。
       そして私の友人となった人は、今は皆、本の中に――歴史として生きています。

 

 

マチアス:残されるのは……つらいか?

 

 

シンシア:……慣れました。慣れないと何千年も生きてはいけませんから。

       それに、寂しくなった時は使い魔だって呼ぶこともできますので。

 

 

大門:はー、魔女って何だってできるんだな。

 

 

シンシア:ふふ、制限はされますがね。その他に物を浮かせたり、瞬間移動だってできます。
       本当の事を言えば食事も睡眠だって取らなくても生きてはいけるんです。

 

 

大門:羨ましいな。俺たちなんて毎日飯の為に稼いでるのに。

 

 

マチアス:……なぜ、そうしないんだ?

 

 

シンシア:……。

 

 

マチアス:いや、言いたくなければいいんだ。

 

 

シンシア:私は確かに魔女ですが……この世界で生きる一員だと思っています。

       歳を取らず、死ぬこともない。ただでさえ、人やあなたたち亜人とは違うのに、
       食事も睡眠もしないなんて……さらにヒトから離れていくなんて……。

 

 

大門:お、おい……。マチアス!

 

 

マチアス:……俺が無神経だった、すまない。

 

       

シンシア:いえ……。大丈夫です。
      さて、夜も更けてきたことですし、今日はここまでにしましょうか。
       明日、晴れるといいですね。

 

 

マチアス:そうだな……。

 

 

   (間。7カウント)

   (夜。寝床で話すマチアスと大門)

 

 

マチアス:……はぁ。

 

 

大門:寝られねぇのか。

 

 

マチアス:……あぁ。

 

 

大門:そりゃそうだよなぁ……。魔女っててっきり生物を超えた……なんだ、その神様みたいなもんかと思ってた。

 

 

マチアス:俺もだ。だが、実際はなんて事の無い。人間や俺たち亜人と同じ心を持った普通の女性だった。

 

 

大門:……あぁ。

 

 

マチアス:おい大門。最後のあの女の顔、見たか?

 

 

大門:最後って、お前が言い過ぎたあれか?

 

 

マチアス:……あぁ、そうだ。寂しい目だった。一体何人の仲間が……彼女の中で歴史となったのだろうな。

 

 

大門:……わからねぇな。何せ永遠に生きる魔女様だ。

 

 

マチアス:使命を全うしながら、その反面恐怖しているのではないか?

      無闇に仲良くなれば、また自分を置いて先行くことを。
      だからこうして路地裏に居を構え、ひっそりと生きているのではないのだろうか。

 

 

大門:……それって推測だろ? 本当のことなんて。

 

 

マチアス:俺たちも人とは違う種族だ。友となった人の子に、何人置いていかれたことか。

 

 

大門:……それは。

 

 

マチアス:その気持ちを知ってしまったら……放っておくことなぞ……。

 

 

大門:そう……だよな。

 

 


――――――――――――――――――(7カウント)
【シーン4】


マチアス:世話になったな。

 

 

シンシア:いえ、私も久々にたくさんお話しできたので。

 

 

マチアス:そう言ってくれると助かる。……そうだ、シンシア。

 

 

シンシア:どうしましたか?

 

 

マチアス:俺たちは魔女のお前と関わりを持っても平気なのか?

 

 

シンシア:貴方たちが歴史を動かすような人たちにならなければ……。

 

 

マチアス:なるほどな。なぁ、またここに寄らせてもらってもいいか?

 

 

シンシア:え?

 

 

大門:えぇ!? 本気で言ってるのか?

 

 

マチアス:どうせ時間なら俺たちもいくらでもあるだろう?

       魔女みたいに不老不死ではないとは言え、寿命なら人間の倍以上はある。

 

 

大門:それはそうだけどよ。

 

 

マチアス:不服か?

 

 

大門:い、いや……。お前がそんなことを言うなんて珍しいと思ってよ。

 

 

マチアス:……魔女という存在に興味を持った。ただそれだけさ。

 

 

大門:お、それってもしかして?

 

 

マチアス:深い意味はない。それでシンシア、いいか?

 

 

シンシア:……はい。この先どんなことがあるか分かりませんが、互いに無事でしたらまたお会いましょう。

 

 

マチアス:ありがとう。では――失礼する。

 

 

シンシア:はい! では、マチアスさん、大門さん。いってらっしゃい。

 

 

マチアス:あぁ、行ってくる。

 

 

 

――――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン5】

 

シエル:マスター、紅茶さんを連れてきました。

 

 

シンシア:あら?

 

 

ダージリン:ごめん、また道に迷っちゃった……。

 

 

シエル:そろそろ覚えてください。そして一々連れてくるシエルの身にもなって下さい。

 

 

ダージリン:ごめんってば。

 

 

シンシア:今日は薬を買いに来たんですか? それとも、何か売ってくれるんですか?

 

 

ダージリン:そ、そうなんだ! 今日は薬を買いに来たのと、シンシアさんにお勧めの商品が――って、

        今日はなんか機嫌がいいですね?

 

 

シンシア:ふふ、そう見えますか?

 

 

ダージリン:えぇ、とっても。

 

 

シエル:マスターは最近、ご友人が出来たのでその為かと。

 

 

シンシア:シエル、一々話さなくていいのよ。

 

 

シエル:分かりました、マスター。シエルは口を閉じておきます。むぐ。

 

 

ダージリン:へぇ、シンシアさんにお友達かぁ……会ってみたいなぁ。
        あわよくば商品を買ってくれないかな。

 

 

シンシア:ふふ、ではお薬持ってきますね。

 

 

シエル:マスター、運ぶのをお手伝いします。

      あ、喋ってはいけないのでした。
      (以下口を閉じながら。)
    マスター、運ぶのをお手伝いします。

 

 

ダージリン:あんな、シンシアさん、初めてみたなぁ。

 

 

   (間。5カウント)

 

 

シンシアM:歴史を紡ぐ魔女。永遠の時を生き、確かに存在した事実を文字にして書に記す。

        寿命が無いが故、一人で生きることを強いられてきた。
        共に歩む者は皆、歴史となり今も私の本の中で生きている。
        私は後何百年、生きればいいのか。後何千年、歴史を紡ぐ作業すればいいのか。
        私はそんなことを考えながら、今日も歴史を紡ぐ。

 

 


to be continued...

bottom of page