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『M-E-M-O-R-I-A ~歴史を紡ぐ魔女~』 後編

 

【登場人物】

〇シンシア(♀)
  歴史を紡ぐ魔女。見た目は20代から30代前半。アルビノ。
  趣味で薬を作ったりしている。

 

〇マチアス(♂)
  亜人。ライカンスロープ種。いわゆる狼男。性格は義理堅く真面目。堅物。

 

○大門(♂)
  和装束を着た東洋の鬼の亜人。マチアスとは親友。ノリが軽い。

 

○ダージリン(♂)
  人間の商人。数少ないシンシアの正体を知る人物の一人。
  よく彼女の下に薬を仕入れに行ったり、物を売ったりしている。

 

〇シエル(♀)
  シンシアの使い魔の少女。基本無表情。
  無表情だけど無感情ではない。少々天然気味。
  
―――――――――――――――――
【役配分】
(♀)シンシア
(♂)マチアス + 兵士1
(♂)大門 + 兵士2
(♂)ダージリン + 勇者 + 住民
(♀)シエル + 村娘
 
―――――――――――――――――

【シーン1】

 

シンシアM:戦争は終わった。十年という年月と、多くの犠牲を払い、敵国側の勝利という形で終結を迎えた。
      勝者は繁栄を、敗者は衰退を。弱肉強食。それは世界の絶対ルール。
      ただ、どちらにしても戦争の爪痕は大きく残った。
      ある者は体の一部を、ある者は帰る家を、ある者は帰りを待つ者を……多くの物を戦争は毟り取った

 

 

   (場面説明:シンシアが住む国は戦争に敗れ、街には負傷した兵士が帰還していた。
         仲間の死を悼む者、体の損傷を嘆く者、
         多くの人のむせび泣く声が聞こえる。)

 

      

兵士1:ちくしょう! 目を覚ましてくれよ! おい!

 

 

兵士2:あぁ、俺の足……。俺の足を返してくれ……。

 

 

シエル:……少し前まではあんなに活気づいていたのに。時の流れは無常とはいえ、切ないものですね。

 

 

ダージリン:……おっとっと!

 

 

シエル:あ、すみません。

 

 

ダージリン:あぁ……大丈夫だよ。――あれ? 君はまさか。

 

 

シエル:貴方は……紅茶さん?

 

 

ダージリン:シエルちゃんか……久しぶりだね。

 

 

シエル:あ……紅茶さん、その足……。

 

 

ダージリン:あぁ……戦争で負傷して、使い物にならなくなってしまったんだ。
      情けないことに杖が無いとまともに歩くことすら出来ない。

 


シエル:……肩を、貸しましょうか?

 


ダージリン:いや、大丈夫。でも、これじゃあもう商人には戻れないな。
      大事な職さえも奪い取るなんて……戦争は惨い。

      だけど、いまさらお金を稼いでも意味は無いか。一人身の僕には……。

 

 

シエル:一人身……?

 

 

ダージリン:その言葉の通りさ。僕が必死で戦っている間に、故郷の村が敵に襲われたんだ。
      当然家は壊され、家族は逃げ遅れ……ふ、ふふ……。

 

 

シエル:紅茶さん……。

 

 

ダージリン:……あぁ、そうだ、シエルちゃん。

 

 

シエル:……なんでしょうか?

 

 

ダージリン:これを……シンシアさんに渡してくれないかな。中身は開けちゃダメだよ。

 

 

シエル:……分かりました。 必ず渡します。あの、お代は……?

 

 

ダージリン:いや、いいよ。もう僕は商人じゃ無いんだ。それに、これを僕が持っていても意味は無いからね。
      それじゃあ――

 


シエル:どこに行くんですか?

 

 

ダージリン:……どこに行くんだろうね、僕は。

 

 

シエル:行く場所が無いならマスターの家に来ませんか?
    マスターも、マチアスさんも、大門さんも! 皆あなたの帰りを待っています!

 

 

ダージリン:嬉しいお誘いだけど、無理だよ。

 

 

シエル:どうして?

 


ダージリン:戦争で心も体も傷ついた僕の体は……もう長くはない。

 

 

シエル:そんなこと……。

 

 

ダージリン:僕は今年で50歳だ。君たちと一緒にいると僕まで長く生きていける気がしたけど、
      なんら変わりはない、普通の人間だった。

 

 

シエル:……。

 

 

ダージリン:老いて衰弱していくこの姿を、皆に見せたくはない。
      それに僕だけこんな姿で、変わらず元気な君たちを見ていると……嫉妬してしまう。
      醜い感情だろ?

 

 

シエル:いえ、そんなことは……。

 

 

ダージリン:ともかく、僕はもうみんなと一緒には生きられない。さようなら、シエルちゃん。

 

 

シエル:っ! 今まで……ありがとうございました……ダージリンさん。 

 

 

   (間。7カウント)
 

 

シンシアM:その後、疲弊した人類に追い打ちをかけるかのように、各地で大規模な災害が続いた。
      活火山の噴火、大規模な寒冷化。食物は育たず、人々は寒さと飢えに苦しんでいった。
      そして私の数少ない友人である人間の商人は、
      その厳しい環境に耐えきれず、呆気なく息を引き取った。
      住む家も無ければ、死を見届ける者もおらず、人知れぬ場所で静かに事切れていたそうだ。

 

 

   (間。5カウント)

   (場面転換:シンシアの家)

 


シエル:マスター、ダージリンさんの埋葬、済ませてきました。

 

 

シンシア:ありがとう。あなたもつらかったでしょう?

 

 

シエル:いえ、シエルは……大丈夫です。

 

 

シンシア:紅茶さんの事も、しっかり書き残してあげないと。彼個人の歴史を、彼がここに生きた証を……。

 

 

シエル:はい。――あ。

 

 

シンシア:どうしたの?

 

 

シエル:そう言えば、紅茶さんからマスター宛てに物を預かっていることを忘れていました。

 

 

シンシア:私宛に?

 

 

シエル:えっと確かこの戸棚に……。あった、この袋です。中身はマスターが開けるようにと受けています。

 

 

シンシア:そう。(袋を開ける)

     ――これは。

 

 

シエル:……?

 

 

シンシア:お茶に……しましょうか。マチアスさんと大門さんと皆で。

 

 

シエル:え? は、はい。用意してきます。

 


   (間。3カウント)

 


シンシア:……紅茶さん、いえ、ダージリンさん。
     私はあなたという素敵な人間の商人がいたことを決して忘れません。決して……。

 


   (間。5カウント。お茶会の準備を済ませると、マチアス、大門が現れる)

 


大門:おぉ、なんだなんだ?

 


マチアス:いい香りだな。

 

 

シンシア:そうでしょう? このお茶の香りなんです。

 


マチアス:お茶?

 


シンシア:えぇ。いい香りでしょう?
     このお茶の名前は――ダージリン。
     

 


―――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン2】

 

 

   (夜中。シンシアの部屋に大門が訪れる。《SE:扉をノック》)

 

 

大門:よっ、失礼するぜ。シンシア。

 

 

シンシア:大門さん……。こんな夜更けにどうしたんですか?

 


大門:いや、大したことはねぇんだ。……大したことは、な。
   ほらあれだ。世間話だ世間話。

 

 

シンシア:……はぁ。

 

 

大門:なんだ、その……。ダージリンの事、残念だったな。

 

 

シンシア:えぇ。悲しい事ですが、仕方がない事ですから……。

 

 

大門:一つ、聞いてもいいか?

 

 

シンシア:なんでしょう?

 


大門:死にたいって思ったことはあるか?

 

 

シンシア:え?

 

 

大門:あ、いや。別に悪意がある訳じゃねえんだ。
   何千年も使命に縛られて生きて、仲間と一緒に死ぬことだって出来ない。
   嫌になったとか……全てを投げだしたいとかって思わなかったのかなーってよ。

 

 

シンシア:……何度も思いましたよ。なんで魔女として生まれてしまったのだろうって。
     なんでこんな力を持ってしまったのかって、 それこそ飽きる程……。
     人間でも亜人でもいい。普通の女として一生を終えたかった。

 

 

大門:……。

 

 

シンシア:それでも私は魔女です。生き続け、歴史を紡ぐ。その使命は果たさなければなりません。
     別れは……とてもつらいです。だけど最初さえ堪えれば、やがて悲しみの波は引いて行く。
     寂しいけど、なんとかやっていけるんです。……やっていけてしまうんです。

 

 

大門:……そっか。なあ、もし……もしだけどよ、魔女の使命から解放される方法があったらどうする?

 

 

シンシア:ふふ、大門さん、面白い冗談を言いますね。

     お言葉ですが、そのような方法、きっとありませんよ。
     あるなら、ずっと前にそれに縋っているはずですから。
     でもそんな方法があるとするなら……たとえ可能性が低くても、信じてしまうかもしれませんね。

 

 

大門:……や、やっぱりそうだよな! ま、まああんたが言った通り、冗談だ。忘れてくれ。

 

 

シンシア:え、えぇ。

 

 

大門:そんだけだ。

 

 

シンシア:え? それだけ?

 

 

大門:あぁ。なんか一人で酒を飲んでたら誰かと話したくなったんだよ。すまねぇな、くだらない話に付き合わせてよ。
   俺は先に寝るわ。それじゃあ、お休み。

 

 

シンシア:別に構いはしませんが……。お休みなさい。

 

 

   (間。5カウント。大門、去る)

 

 

大門:それだけ分かりゃぁいい。シンシア、俺はあんたを魔女の使命から解き放ってやる。
   あんたは魔女だが、俺の友達だ。友達が苦しんでいるのを見過ごす程、俺は薄情じゃねぇんだ。

 

 

シエル:……大門さん?

 

 

大門:おわっ!? シエル、起きてたのか?

 

 

シエル:ちょっとお水を飲みに来ただけです。

 

 

大門:そ、そうか。子供は寝る時間だぜ。

 

 

シエル:使い魔に年齢などありません。心配無用です。

 


大門:へへ、生意気な口だなぁ、おい?
   さっさと寝ないと成長しねーぞ?

 

 

シエル:……子ども扱いしないでください。

 

 

大門:へいへい、んじゃ俺はお先に失礼するぜ。おやすみー。

 

 

シエル:おやすみなさい、大門さん。
    ……ふむ、さっきの独り言といい、何か様子が変でしたね。

 


  (間。7カウント。翌日)

 

 

マチアス:大門がいなくなった?

 

 

シンシア:えぇ。何処を探してもいないんです。

 

 

マチアス:いつも何かある時は一言告げていくのだが……何かあったのだろうか?

 

 

シンシア:そう言えば……昨日の大門さん、少し様子が変でした。

 

 

マチアス:様子が変?

 

 

シンシア:なんと言いますか挙動不審というか……。

 

 

マチアス:何か隠してるな。あいつは嘘が下手だから態度に出る。……大門め、一体何を隠している。

 

 

シンシア:何か……嫌な予感がします。

 

 

シエル:あの、そのことですが……。

 

 

シンシア:どうしたの、シエル。

 

 

シエル:昨日の夜、大門さんに会いました。その時、大門さんが変なことを呟いてたのをシエルは聞きました。

 

 

マチアス:……内容は?

 

 

シエル:最初から聞いていた訳では無いですが……魔女の使命を解放するとかどうとか……。

 

 

シンシア:それって昨日大門さんと話してた内容……。

 

 

マチアス:……まさかあいつ。くそっ! 逸った真似を!

 

 

シンシア:どういうことですか?

 

 

マチアス:おそらく大門は一人で、魔女を使命から解放させる方法を……お前を自由にさせる方法を探しにいったんだ。

 

 

シンシア:そんな! 早く追いかけないと!

 

 

マチアス:何故相談しなかった……大門!


 

 

―――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン3】


   (大門の故郷、東の国の領土の島で、大量の財宝と縄で手足を縛られた美しい村娘を連れている。)

 


大門:よーいしょっと! 結構荒っぽいやり方だが、まぁ仕方ねぇだろうな。
   お嬢ちゃん、気分はどうだ?

 


村娘:くっ、この……放しなさい!

 

 

大門:別に取って食おうって訳じゃねぇんだ。
   あんたたちが 隠し持ってる秘密の書物を俺に貸してくれればいい。それだけだ。
   もしかしたらそこに……魔女を己の使命から解放させる方法が書いてるかもしれないんだ。

 


村娘:そんなこと、信じるわけないでしょ! この鬼め!

 

 

大門:全く、もう亜人は怪物扱いなんだな。昔は共に暮らしてたのに、残念だぜ。
   ……まぁ、信じてくれねぇから、お前や村の宝を質にしてるわけだ。
   村にいたら多勢に無勢だからな。人気のない島まで場所を移して……大変だったぜ。

 


村娘:あんたなんか、村の人たちがやってきてすぐに倒してくれるんだから!

 


大門:そうかいそうかい。だが、俺も伊達に鬼をしてねぇんだ。
   力比べなら負ける気はしないんでね。

 

 

勇者:悪党め! この村の娘は返してもらうぞ!

 

 

大門:へっ、おいでなすったか!

 

 

勇者:遠からず者は音に聞け! 近くばよって目にもみよ! やあやあ我こそは――

 

 

大門:あ? 遠くて聞こえねぇぞ。どこから生まれたか何野郎か知らねえが、こっちも仲間の為に命を賭けてるんだ。
   邪魔するなら容赦はしねぇぞ!

 

 

勇者:悪は必ず滅びる定め。宝を奪い、村の娘を奪ったその悪行、この――桃太郎の刀の錆にしてくれる!

 

 

大門:悪? 俺が悪だって? 何も知らねえくせに吠えるんじゃねえよ!

 

 

勇者:もはや問答無用! いざ――

 

 

   (間。7カウント)

 


マチアス:……一足遅かったか。大門……。

 

 

大門:あぁ……マチアスか……。

 

 

マチアス:何故早まった真似をした……。何故相談してくれなかった……。
     相談してくれれば、こんな目には……。

 


大門:へへ……なーに言ってんだ。二人とも死んじまったら意味がねぇだろ?

 

 

マチアス:大門、お前……。

 

 

大門:ダージリンが死んでよ、思ったんだ。遺されていく気持ちって奴をな。
   俺はどうにかして……シンシアを魔女の使命から解き放ってやりたかった……ぐっ、ごほっ……。

 

 
マチアス:何故そこまでして……。

 

 

大門:何故? 仲間だからに決まってんだろ……。皆、俺の大切な友達だ……。
   だから……ごほっ、ごほっ!

 


マチアス:もういい……喋るな、大門……。

 


大門:マチアス……。

 

 

マチアス:……なんだ。

 


大門:後はお前だけだ。……道を……誤るんじゃねえぞ。

 

 

マチアス:……大門? おい! しっかりしろ!
     くっ……分かったよ大門。お前の想い、確かに受け取った。

 

 

 

―――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)     
【シーン4】

 

   (荒廃した街。そこには家や家族を失い、飢えた人たちが助けを求め彷徨っている。)

 


住民:あぁ……誰か……。誰か助けてください。

 


シンシア:……っ。

 

 

住民:魔女様……助けてください。お願いですから……。

 

 

シンシア:……ごめんなさい!

 

 

住民:そ、そんな! どうか……どうか……。

 


シンシア:はぁっ……はぁっ……。

 

 

マチアス:帰ってたのか、シンシア。……そんなに息を切らしてどうした?

 

 

シンシア:うっ……うっ……。

 

 

マチアス:……泣いているのか。

 

 

シンシア:……私は……何も出来ない……! そこに困ってる人がいるのに、何も!
     結局ダージリンさんや大門さんのことだって私は……。

 

 

マチアス:無理もない。助けたくても助けられない。助けようとすれば己が使命に食い殺される。
     魔女の使命とは言え……つらいだろう。

 


シンシア:……。

 

 

マチアス:こうやって長い時間生きてきたのだな、お前は。
     人を救える力を持ちながら、救うことが許されない。
     その悔しさを噛みしめながら、ずっと……。

 

 

   (マチアス、シンシアを抱きしめる)

 

 

マチアス:シンシア……。

 

 

シンシア:マチアス……さん……。

 

 

マチアス:一人で抱えなくていい。そのつらさ、少しでも多く、俺に背負わせてくれ。

 

 

シンシア:……ありがとうございます。

 


マチアス:そうだ。海にでも行こうか。

 


シンシア:え?

 

 

マチアス:お前は少し、気を張り詰めすぎだ。たまには気分転換をしよう。
     お前はお前自身のために時間を使ったことがないだろう?

 


シンシア:……でも。

 

 

マチアス:人々が苦しんでいる間、自分だけ……それも気分転換という理由で海に行くのが気が引ける。そう言いたいんだろう?

 

 

シンシア:……はい。

 

 

マチアス:だろうな。だが、どこにいてもお前は何もできず、ただ心を擦り減らしていくだけだ。

 

 

シンシア:……。

 

 

マチアス:だが、これは建前だ。本当は……お前の悲しむ姿を、俺は見たくない。

 

 

シンシア:……マチアスさん。

 

 


マチアス:一緒に海に行こう、シンシア。

 

 

シンシア:……はい。

 

 

   (海へ。5カウント。)

 

 

シンシア:……潮風が気持ちいい。波に音って、こんなに心地良いんですね。

 

 

マチアス:喜んでくれて何よりだ。

 

 

シンシア:こんな美しい景色なのに、今、人類が衰退しかけてるなんて嘘みたい。

 


マチアス:衰退し、それでも生き残った者達が努力して繁栄させていくのだろうな。

     当然繁栄したことも君は全て本に書くんだろう?

 


シンシア:えぇ。

 

 

マチアス:全てが悲しいことばかりじゃない。嬉しいことも同じくらいあるだろう。
     希望と絶望、繁栄と衰退。その循環の中に、俺や大門、ダージリンの出会いがあるんじゃないか。

 

 

シンシア:循環の中の一つ……。その幸せにはいつか終わりが来るという事ですね。

 

 

マチアス:それはお前も、俺も覚悟してきたことだろう。
     ……受け入れるにはとても勇気がいることだがな。

 


シンシア:そう……ですね。

 


マチアス:シンシア。

 


シンシア:なんですか?

 

 

マチアス:こんな時に言っていいのかは分からない。だが、言わせてほしい。
       (間。3カウント)
     俺は……お前を愛している。
     どうか、俺の命が消えるまで、共にいさせてくれないか。

 

 

シンシア:え――

 

 

マチアス:最初は自分自身、魔女という立場に対する同情かと思っていた。
     しかし違った。ただ単純に、お前が愛おしかった。
     だから、魔女の使命に苦悩するお前を見ていられなかったんだ。

 

 

シンシア:マチアスさん……。

 

 

マチアス:駄目か?

 

 

シンシア:いいえ。嬉しいです。
     私も……貴方の事をお慕いしていましたので。

 

 

マチアス:そうか。それは嬉しいな。

 


シンシア:でも、私は……魔女です。私は貴方と共に老いることも、共に逝くことも出来ません。
     それに、魔女の私は、貴方の子を生むことすらできません。それでもいいのですか?

 


マチアス:別に構わない。子供だって必要ない。いや欲しくないと言えば嘘になるだろう。
     だが、俺はお前さえいてくれれば……それでいい。
       (間。3カウント)
     お、おい。何も泣くことないだろう。

 


シンシア:いえ……魔女の私を愛してくれる人なんて今までいませんでしたから。
     本当に……その……嬉しくて。

 

 

マチアス:そうか。

 

 

シンシア:……お陰様で、なんとか自分の使命と向き合えそうです。

 

 

マチアス:……それは良かった。

 

 

シンシア:そろそろ帰りましょうか。私たちの家に。やらなければならないことがたくさんあります。
     

 

 

マチアス:そうだな。つらくなったらいつでも弱音を吐いていいからな。
     全部俺が聞いてやる。

 

 

シンシア:ありがとうございます。……ふふ。

 

 

マチアス:どうした。

 

 

シンシア:私の目は間違っていませんでした。やっぱり貴方は優しい人でした。

 

 

マチアス:ぬ……。

 

 

シンシア:仏頂面であまりお喋りな人ではないですけど、誰よりも優しくて、誰よりも素敵な狼男さんですよ。

 

 

マチアス:……嬉しいが……その……照れる。

 

 

シンシア:ふふふ。

 

 

マチアス:ほ、ほら。さっさと行くぞ。

 

 

シンシア:はい。うふふ。

 

 

  (間。7カウント)

 

 

シンシアM:それから900年間、マチアスさんは死ぬまでずっと私の傍にいてくれた。
      ずっとずっと、私の事を想い続けてくれた。
      彼と過ごした900年もの間、繁栄と衰退、世界は何度、その循環を繰り返したか分からない。
      ただ確かなのは、嬉しい時も、悲しい時も一緒にいてくれて、二人で気持ちを分かち合ったことだ。
      私たちはそこで多くの人と出会い、そして彼らが歴史へと還っていくのを見守った。
      勿論、マチアスさんも。
      時の流れには勝てず、老いたマチアスさんは私の腕の中で永遠の眠りについた。

 

 

 

――――――――――――――――(シーン転換。カウント7)
【エピローグ】


   (魔女の家にて)

 

 

シエル:マスター。お仕事の時間です。

 

 

シンシア:……。

 

 

シエル:マスター?

 


シンシア:ダージリンさんも、大門さんも……マチアスさんも皆、いなくなってしまった。
     やっぱり私は……取り残される。

 

 

シエル:……マスター、貴女はどうしますか?

 

 

シンシア:どうって?

 

 

シエル:この先マスターは、世界の歴史を綴るという、果ての無い作業に向かわなければなりません。
    そこでまた貴女は、同じように悩み、苦しみ、悲しむでしょう。

 

 

シンシア:……そうね。

 


シエル:ですが、もう一つ道があります。

 


シンシア:え?

 

 

シエル:その方法とは魔女の使命を放棄することです。

 

 

シンシア:それって――

 

 

シエル:それはすなわち魔女の消滅を意味します。
    本来、使い魔として提案すべきことではないことくらい、シエルは理解しています。

 


シンシア:……だったら、何故?

 


シエル:悲しむマスターをもう見たくない、ただそれだけです。

    泣いているマスターを見る程、シエルの胸は痛くなります。
    だから……提案しました。

 


シンシア:放棄したら、どうなるのかしら……。

 

 

シエル:次第に魔女の力が失われ、力が無くなれば、肉体の崩壊へと進行します。

 

 

シンシア:あなたは?

 


シエル:シエルはマスターの魔力によって生み出されたもの。
    魔女の力が失うと同時に、シエルも一緒に消滅するでしょう。

 

 

シンシア:魔女の使命を放棄する……そんなこと考えた事なかった。
     皆はどう思うのかしら……。
     いえ、皆がどうじゃない。そんなこと、初めから決まっている。

 

 

シエル:シエルはマスターに従います。

 

 

シンシア:えぇ、ありがとうシエル。……決めました。私は――

 

 

 

END

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