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声劇台本 『牙折レタ狼、タダ肉ト成ルノミ』


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【登場人物】

〇カズキ / リズ(♂)
  カズキ:25歳。社会人。器用ではあるが向上心が無い。マイカとは大学時代からの友人。
  リズ:ハイイロオオカミ。狩りの才能はあるが、争うことが嫌い。

 

〇マイカ / ギン(♀)
  マイカ:25歳。社会人。カズキの友人。カズキとは違う会社で働いている。
      カズキと違って不器用だが、人一倍負けん気が強い。
  ギン:ハイイロオオカミ。サバサバして気が強い。

 

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【役表】

(♂)カズキ / リズ
(♀)マイカ / ギン

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  【場面説明:季節は冬。時刻は21時。仕事が終わり、帰宅するサラリーマン。
       部活や塾を終えて帰る学生たち。様々な人間が行き交う街で、
       カズキは白い息を吐きながら、居酒屋の前で人を待っている。】


カズキ:ふぅう、寒っ……。


マイカ:やっほー、カズ。お待たせ!


カズキ:遅いって、マイカ。


マイカ:ごめんごめん。てか店ん中に入ろ。寒くて死んじゃう。


カズキ:お前を待ってた俺はもっと寒いんだけど。


マイカ:ごめんってば。別にお店の中で待っててくれても構わなかったのに。


カズキ:でも、マイカ。お前、店の場所分からないだろう? だから目印になるように店の前で待ってたんだよ。


マイカ:相変わらず優しいねぇ。お姉さん惚れちゃいそ。


カズキ:なんだ、一杯ひっかけてきたのか?


マイカ:返し方が上手くなったわね。


カズキ:冗談言ってないで入るぞ。


マイカ:はいはーい。


  (間)


カズキ:何頼む?


マイカ:取りあえず生かな。料理は後で頼みましょ。 


カズキ:分かった。すみませーん、生二つ。


マイカ:……ふふ。


カズキ:なんだよ。


マイカ:いや、大したことないんだけど、あたしとカズって、なんだかんだ言って腐れ縁よねー。


カズキ:大学時代からだから……かれこれ7年くらいか。
    学科も部活も一緒で、仕事も同じ県内。確かに腐れ縁だよな。


マイカ:まあ、だからこそ、カズキには散々愚痴らせてもらってるけどね。


カズキ:励ます俺の身にもなってくれよ。お前がへこむ度に、飯を食いに連れて行ったり、居酒屋に連れていってやってるんだから。
    ……あ、ビール来たな。


マイカ:おぉ! 待ってました!


カズキ:よし、それじゃあ。


マイカ:かんぱーい! ――ぷっはぁ、いやぁ、冬とはいえ、仕事上がりのビールは堪らないわぁ。


カズキ:お疲れ様。そう言えば、前に電話で話してたけど、仕事、上手くいってるんだって?


マイカ:まーね。


カズキ:前まで「仕事上手くいかないよぉ」って泣きながら夜中に電話して来たのに、立ち直り早いな。


マイカ:いつまでもウジウジしてらんないからね。それに、同僚に負けてばっかりも嫌だし、
    たまには同僚にも上司にも、一発見返さないと腐るっての。


カズキ:ふぅん。


マイカ:ね、カズは?


カズキ:え?


マイカ:カズキは仕事どうなのよ。あんたってあたしの愚痴は聞いてくれるけど、自分のことは話さないわよね。


カズキ:まあ、それ程悩んではないからね。


マイカ:人間関係とか、仕事が上手くいかないとか。


カズキ:普通だよ。出来ない時は知ってる人に聞くし。


マイカ:自分より出来る同僚に嫉妬したりとか。


カズキ:全然。


マイカ:え?


カズキ:だから全然。別に俺が世界で一番仕事ができる訳じゃないし、
    俺より仕事ができる人がいるのは当然だろ。一々嫉妬なんてしてられないよ。


マイカ:そ、そう。


カズキ:別段と仕事が出来ないわけじゃないし、他人に迷惑を掛けてる訳でもない。
    それに仕事効率も良いって上司から褒められたこともあるし、自負もしてる。別に問題ないだろ。


マイカ:はぁ、カズが羨ましいよ。あたしなんて要領悪いからすぐ怒られるし、出来る人達の視線が痛いし……、
       だからこうやって必死でしがみ付いてるっていうのに。
   「仕事効率も良いって上司から褒められたこともあるし、自負してる。別に問題ないだろ、へへっ」
    あたしも一度でいいから言ってみたいわぁ。


カズキ:言い方に悪意がないか?


マイカ:べっつにー。(ビール飲む)――ぷっはぁ。あっ、すみませーん、生お願いしまーす!


カズキ:程々にしておけよ。


マイカ:分かってるって。カズのおごりだからって頼みすぎるなんてことしないから安心してよ。
    あ、これ美味しそう! すみませーん、ついでにこれもお願いしまーす。


カズキ:やれやれ。


   *********

 

 


  【場面説明:とある森のとある洞穴。ハイイロオオカミのリズとギンは狩りから戻り、今まさに食事をしようとしていた。
        しかし、二匹分には物足りない肉の量だ。】


ギン:リズ! 鹿がそっちに行ったわよ! 草むらに追い込んで!


リズ:分かった! ――追い込んだ! ギン、とどめはお願い!


ギン:任せて! よいっしょっと!!!


リズ:ふぅ……、お疲れ様。


ギン:あんたこそ、ナイスアシスト。後はもうニ、三匹狩ってから帰りましょうか。


リズ:そうだね。……ん?


ギン:どうしたのよ。


リズ:あれ……。


ギン:迷子の狼かしら。可哀想に、あんなに痩せ細っちゃって。


リズ:……。


ギン:あ、ちょっと! リズ!


リズ:さぁ、お食べ。


ギン:私達の獲物でしょうが。


リズ:でも放っておけない。ギンは可哀想に思わないのかい?


ギン:……別に思わないわけじゃないけど。


リズ:僕たちの分はまた狩りに行けば手に入るだろう? さあ、あと数匹、狩りに行こう。


ギン:仕方ないわね。とにかく沢山狩るためにも、別れて狩りましょう。
   終わったらいつものほら穴で落ち合う。それでいい?


リズ:わかった。


ギン:それじゃ、またね、リズ。

 

 (間)

 

リズ:ふぅ、ただいま。


ギン:おかえり。どうだった?


リズ:これが今日の収穫。


ギン:ウサギが2匹、か。私のと合わせるとウサギが3匹とネズミが1匹。小物ばっかりでイノシシ1匹にも劣るわね。
   小腹を満たす程度にしかならないわ、きっと。


リズ:……そうだね。


ギン:育ち盛りの若者がこれっぽちの肉しか食わないってのは本当にどうかと思うわ。


リズ:ごめん、ギン。


ギン:あのねぇ、リズ。あんたがあの迷子の狼に肉を分け与えなきゃ、もっと食べれたのよ。


リズ:でも、あの子達を見ただろう? 親もいないし、あんなに痩せ細って……。僕たちが獲った分を上げなきゃ、
      多分、今頃飢え死にしてたと思う。


ギン:そうね。でも、私たちの分を上げたからって、これから先、生き延びれるかも分からないし、何より私たちも、
      さっきの子達みたいになるかもしれないのよ?


リズ:……。


ギン:この前だって、他の群れの奴らにせっかく狩った獲物を横取りされたし。


リズ:でも、あれは群の数が多かったし、奪い合いになったらまず勝てないよ……。


ギン:「でも」じゃない。相手の数がいかに多くても私たちの獲物よ。この世界は弱肉強食なんだから。
       噛み付いてでも獲物を死守するの!


リズ:……はぁ。


ギン:全く、あんたの牙は何の為にあるのよ。それでも狼なの?
      取り敢えず、明日は起きたらすぐに狩りに出るわよ。このままじゃ本当に餓死しちゃうわ。


リズ:う、うん。


ギン:しっかり働いてもらうわよ、リズ。

 

  (間)


リズ:翌日、僕とギンは空腹の中、狩りに出た。元はと言えば、僕が迷子の狼に自分の獲物を譲ったからこのような事態になったんだ。
   別に後悔はしていないが、ギンに迷惑をかけてしまったのには変わりはなかった。
   だから僕が責任を取らなきゃならないんだ。
   僕は必至で獲物を探す。幸い今日はついていた。森の中で丸々と太った猪を見つけたんだ。
   

  (間)

 

ギン:はぁー! 食った食った! 久しぶりのご馳走だったわ。あんなデカイ猪を狩れるなんて、やるじゃない、リズ。


リズ:……僕だって狼だからこのくらいはやるよ。


ギン:お、言うようになったわね。ほら、あんたも食いなさいよ。せっかく自分が狩った獲物なんだから。


リズ:う、うん。


ギン:あんたは狩りのセンスもあるし、動きもすばしっこい。それなのになんでかねぇ。


リズ:僕は……。


ギン:僕は?


リズ:僕は争いが嫌いだ。衝突はできるだけ避けたい。だから横取りする奴らが現れたら無駄な争いをせずに譲る。
      もちろん横取りされるのは不快だよ。でも獲物なんてまた狩ればいい。


ギン:あのねぇ、どこに争いを嫌う狼がいるのよ。


リズ:ここにいるよ。ねぇ、僕は狩りだけに専念しちゃ駄目かな?
      狩りなら得意だし……。


ギン:馬鹿。あんたねぇ、いくらいい獲物をバンバン獲ってきても、それを狙われちゃ意味がないでしょう。
      だから譲っちゃいけないの。争いを避けることはできないの。
      生きていく上でずっと付きまとうのよ。


リズ:……。

 

 

 

   *********

 

カズキ:あの日、マイカと飲みに行ってから3年の月日が経った。
    あれ以来、マイカとは食事にも行っていないし、連絡もしていない。きっと仕事で忙しいのだろう。
    俺はと言うと……仕事でよく怒られるようになった。別に仕事でミスをした訳でもない。遅刻をしたり休んだりした訳でもないのに。
        俺はいつもと変わらず仕事を熟す。坦々と丁寧に。ただひたすら……。
        作業効率が別段遅いわけではない。上司にだって褒められたことがあったほどだ。
        ただ、俺より作業が早い人が増えてきた。でも、だからと言って俺が怒られるのはおかしい。
        分からない……。
        周りの視線が痛い。会社の人と話すのが億劫だ。
        ……つらい。


マイカ:カズが羨ましいよ。あたしなんて要領悪いからすぐ怒られるし、出来る人達の視線が痛いし……、
       だからこうやって必死でしがみ付いてるっていうのに。
   「仕事効率も良いって上司に褒められたこともあるし、自負してる。別に問題ないだろ、へへっ」
    あたしも一度でいいから言ってみたいわぁ。


カズキ:そう言えば、マイカはそんなこと言ってたな……。あいつはこんな気持ちで俺に電話してきたのかな。
    必死でしがみついてる、か。俺、今までそんなことしたことあったっけ。
    自分の能力に過信して生きてきたんだ。だから周りに抜かれて行ったのか。
    ……このままでいいわけがない。機械ですら改良されて効率のいいものに変わっていくんだ。
    マイカも必死こいて頑張ってるのに俺は、何も変わっていない……。何をやってたんだ、俺は。


マイカ:同僚に負けてばっかりも嫌だし、たまには同僚にも上司にも、一発見返さないと腐るっての。


カズキ:そうだな。このまま腐っちゃいけない。頑張らなきゃな。今、変わらなければいけないんだ。
    ……あいつは、すごいな。俺のこと羨ましいって言ってたけど、俺は全然凄い奴でもないし、
    むしろ凄いのはマイカの方だった。……今度、連絡してみようかな。

 

 

   *********


  【場面説明:森の中で一目散に逃げるリズとギン。いつもは追いかける側のオオカミだが、今日は相手が悪かった。
        銃を構えた猟師が彼らを追っているのである。】


ギン:はぁ……、はぁっ……。リズ、急いで!


リズ:はぁ……、はぁっ……。


ギン:走って! もっと……! もっと!


リズ:ギン……足が……限界……!


ギン:何言ってんのよ! 殺されてもいいの!? 追いつかれたら……追いつかれたらあの猟師に撃たれるのよ!


リズ:分かってる……でも……。


ギン:でもじゃない! 死ぬかもしれないの! とにかく逃げるわよ!


リズ:あっ……。


ギン:リズ! こんな時に何すっころんでんの! 早く起き上がって! ――あ。


リズ:うっ、痛てて……。あ、あぁ……。に、人間……銃……構えてる……。
   逃げなきゃ……。う、足が痛い……。


ギン:リズ! そいつの喉笛を噛み千切れ!


リズ:え……?


ギン:逃げても銃相手じゃ分が悪いわ。だから殺られる前にやりなさい! 


リズ:でも……そんな……。


ギン:あんた死にたいの……? 私たちが生き残るためにはその人間を殺さなきゃならない。……分かって?


リズ:でも……僕は……そんな……。


ギン:リズ!


リズ:う、う……うわぁあああああああ!


ギン:リズ!?  何逃げてんのよ! そんなことしたら――

  (間・響く銃声)

ギン:ねぇ、リズ。なんで逃げたの? あのまま逃げたら撃たれるって分かってたでしょうに。
     この世は弱肉強食。生き残るためには必死で食らい付かなきゃならない。
     あんたは食らいつく牙を持ってなかった。折れてたのよ、あんたの牙は。
     あんなに必死で獲物を狩ってたのに、あんたが獲物になってどうするのよ。


   *********

 

 


  (夜中、マイカ宅。時刻はまだ23時にも回っていないが、彼女は明日の仕事に備えて既に床に入っている)


マイカ:ん……。こんな時間に電話? カズキから?


カズキ:もしもし、マイカ? ……カズキだけど。


マイカ:久しぶりね。3年振りくらいかしら? てか、あんたから掛けてくるなんて珍しいわね、どうしたのよ。


カズキ:いや……ちょっと……。


マイカ:何、愚痴? 聞いてあげるわよ。


カズキ:俺……この前さ、上司から怒られたんだ。お前は向上心に欠けているって。
       知識技術があることにかまけて、特別努力をしない。だからどんどん周りに抜かれていくって。


マイカ:……そう。


カズキ:昔さ、一緒に飲みに行っただろう。


マイカ:うん。


カズキ:その時、俺、他人に迷惑を掛けなければいい、会社に貢献できてるからいいって言ってたよな。


マイカ:えぇ、はっきり覚えてるわ。恥ずかしながら羨ましく感じちゃったから。


カズキ:俺、間違ってた。


マイカ:……そうね。でも、間違ってることに気づいたから後は何をすればいいか分かるんじゃない?


カズキ:あぁ、もちろん。


マイカ:この世は弱肉強食なんだから。誰もが必死で生きている。


カズキ:……肉にならないために。


マイカ:そう、だからあたしたちは牙を研ぐ。


カズキ:誰にも負けないために。生き抜くために。


マイカ:折れた牙の狼は、ただの肉と変わりはしないのだから。

 

 

end

 

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