top of page

『M-E-M-O-R-I-A ~歴史を紡ぐ魔女~』 フルver.


【登場人物】


〇シンシア(♀)
  歴史を紡ぐ魔女。見た目は20代から30代前半。アルビノ体質。
  趣味で薬を作ったりしている。


〇マチアス(♂)
  ライカンスロープ。いわゆる狼男。性格は義理堅く真面目。堅物。


○大門(♂)
  和装束を着た東洋の鬼。マチアスとは親友。ノリが軽い。


○ダージリン(♂)
  人間の商人。数少ないシンシアの正体を知る人物の一人。
  よく彼女の下に薬を仕入れに行ったり、物を売ったりしている。


〇シエル(♀)
  シンシアの使い魔の少女。基本無表情。無表情だけど無感情ではない。
  少々天然気味。

  
―――――――――――――――――


【役配分】
(♀)シンシア
(♂)マチアス + 兵士①
(♂)大門 + 兵士②
(♂)ダージリン + 盗賊① + 勇者 +住民
(♀)シエル + 盗賊② + 村娘

 
―――――――――――――――――
【シーン0】

 

マチアス:時は移ろう。無情に、無常に流れていく。

 

 

大門:文明は栄え、衰退する。

 

 

ダージリン:人は生まれ、成長し、老いてはやがて死んでいく。

 

 

マチアス:森羅万象、いつかは滅びの道を辿るもの。

 

 

大門:それは変えることができぬ絶対真理。

 

 

ダージリン:その中で唯一不変の存在、魔女。

 

 

マチアス:移り変わる世界が刻む足跡を――

 

 

大門:風化していく歴史を――

 

 

ダージリン:魔女は一つも漏らさず書に記す。

 

 

マチアス:それが彼女の存在理由。それが歴史を紡ぐ魔女の使命。

 

 

   (間。3カウント)

 

 

シンシア:MEMORIA、歴史を紡ぐ魔女(タイトルコール)

 

 

 

――――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン1】


   (とある家を探して路地裏に迷い込んだ人間の行商人ダージリン)

 

 

ダージリン:えーと……この道を通って……ここの角を曲がる。
        それで突き当りを――ってあれ? 行き止まりだ。
        くっそー! なんでだぁ? 場所間違えたかなー。

 

 

シエル:ん? あなたは……紅茶さん。

 

 

ダージリン:あれ? シンシアさんトコのシエルちゃんじゃないか! あと紅茶さんじゃなくてダージリン。
        ちゃんと覚えてくれよ。

 

 

シエル:知っています。マスターがそうお呼びしてるので、シエルもそう呼んでいます。

 

 

ダージリン:君のマスター、陰で僕の事そう呼んでるの?

 

 

シエル:はい。

 

 

ダージリン:ショックだ……。いや、親しみがあってそれでもいいかも?

 

 

シエル:ところで、また薬を買いに来たんですか?

 

 

ダージリン:そう。君のマスターが作る薬は人気があって良く売れるんだよ。
        まだストックはあるかい? あったら譲ってほしいんだけど。

 

 

シエル:ストックはありますが、あなたに売っていいのかはマスターに聞かないと分からないです。

 

 

ダージリン:そっか。そうだよな。シエルちゃん、僕を君のマスターの家まで連れて行ってくれないかな。

 

 

シエル:元よりそのつもりで来ました。
     マスターは紅茶さんが道に迷ってるだろうから案内をしてやってくれと、シエルに命じました。

 

 

ダージリン:流石! よく分かってる!

 

 

シエル:一つ言っておきますが、マスターの仕事は薬売りではありませんので。

 

 

ダージリン:分かってるって!

 

 

シエル:やれやれ……。では、紅茶さん、案内しますのでシエルに着いてきてください。

 

 

  (間。5カウント。魔女の家に到着)

 

 

ダージリン:あー、やっと着いた……。まさか迷い込んだ路地の一つ隣だったなんて……。

 

 

シエル:マスター、紅茶さんが到着されました。

 

 

シンシア:あら、お久しぶりですね、紅……いや、ダージリンさん。

 

 

ダージリン:紅茶さんでいいですよ。

 

 

シンシア:いいんですか?

 

 

ダージリン:シエルちゃんから聞きました。まぁ紅茶さんの方が親しみがあっていいですし、
        そう呼んでもらっても結構ですよ。後、薬を安く売ってくれそうですしね。

 

 

シンシア:抜け目がないですね。

 

 

ダージリン:一応商人なので。

 

 

シンシア:ふふ。それで、薬はどれくらい必要ですか?

 

 

ダージリン:そうだなぁ……、今度は十個くらいあると嬉しいかも。

 

 

シンシア:十個ですか……。すみません、作り置きが無くて今は五つしか……。

 

 

ダージリン:全然大丈夫ですよ! あ、その代わり新しいお薬とか開発したら、真っ先に教えてくださいよ!

 

 

シンシア:えぇ 、いいですよ。紅茶さんも、いい商品がありましたら教えてくださいね。

 

 

ダージリン:いい商品……今日は何か珍しい物あったっけ。
        あ、これなんかどうです? 最近仕入れたんですよ。

 

 

シンシア:これは……和菓子ですね。珍しい。

 

 

ダージリン:ありゃ、ご存知でしたか。遠い国のお菓子で知らないと思ったのになぁ。

 

 

シエル:紅茶さんはマスターの仕事が何か知っているはずです。

 

 

ダージリン:あ、そうか。そりゃ知ってるよね。なぁんだ、新鮮味ないなぁ……。

 

 

シンシア:すみませんね。では薬はその和菓子と交換でいいですよ。

 

 

ダージリン:え!?

 

 

シンシア:もともとこのお薬は、作るのに手間は掛かりませんし、紅茶さんが求める数も用意できなかったので……。

 

 

ダージリン:そんな! 申し訳ないですよ!

 


シンシア:では、お金と交換ということで?

 

 

ダージリン:あ、いや……、和菓子との交換でお願いします。

 

 

シエル:紅茶さんは駆け引きに弱いのです。商人なのに。

 

 

ダージリン:う、うるさいよ! あ、それならこれもお付けしますよ!
        緑茶! 和菓子に合いますので、どうぞご一緒に。

 

 

シンシア:あら、ありがとうございます。

 

 

シエル:損な性格をしていますね。

 

 

ダージリン:せめてもの気持ちと言ってくれ。それじゃ、あまり長居しても貴女の仕事に差し障りそうだから、
        僕はお暇するよ。お薬ありがとうございます。また機会があれば。
        次会う時はいい商品用意してきますんで。

 

 

シンシア:はい、またいらしてください。緑茶さん。

 

 

ダージリン:りょ……?

 

 

   (間。カウント3)

 

 

シエル:……紅茶さんから緑茶さんへ。


 

――――――――――――――――――(シーン転換。カウント7)
【シーン2】

 

   (雨。路地裏に迷う旅人のマチアスと大門)

 

 

マチアス:おい、大門! ここはどこだ!

 

 

大門:どこって……えーっと……路地裏? ここ……どこだろうなぁ……。

 

 

マチアス:全く、お前を信じた俺が馬鹿だった。

 

 

大門:まー、そんな怒んなってマチアス。怒ると皺が増えるぜ? な?

 

 

マチアス:誰のせいでこうなったか分かっているのか? ――ぬ?

 

 

大門:ありゃ、雨……だな。

 

 

マチアス:……最悪だな。とにかく、どこか屋根のあるところに行くぞ。

 

 

大門:はいよー。

 

 

   (間。5カウント)
 

 

   (路地裏にて。屋根があるところで立ち往生する二人)

 

 

マチアス:もう夜か……。人もいないし、雨も激しくなってきたな。

 

 

大門:なあマチアス、匂いで分からねえのか。

 

 

マチアス:匂いはこの雨で掻き消されてしまった。……はぁ、だから都会は嫌いなんだ。
       ごちゃごちゃしててどうなってるか分からん。

 

 

大門:俺は好きだけどなー。美味いもんがたくさんある。

 

 

マチアス:それで道に迷えば世話が無いな。

 

 

大門:まーだ道間違った事怒ってんのか? 元気だせよ、ほら、ほら。うりうり。

 

 

マチアス:止めろ、気持ち悪い。ともかく、俺は野宿は嫌だぞ。

 

 

大門:確かに野宿は嫌だな。――ってあれは?

 

 

マチアス:どうした、何か見つけたのか?

 

 

大門:あの家、明かりが点いている。泊めてもらえたりしないかな?

 

 

マチアス:建物の構造を見る限り、玄関を探し出すために大回りしないといけなさそうだな。

 

 

大門:玄関、ここにあるけど?

 

 

マチアス:なんだって? ……裏口か? なんにせよ助かった。

 

 

大門:美人なおねーさんが出迎えてくれたら言う事なしなんだけどな。多分オッサンだわ。オッサンに銀貨一枚。

 

 

マチアス:俺もそれに銀貨一枚。

 

 

大門:それじゃ賭けにならねーだろー。

 

 

   (間。3カウント)
   (玄関をノック)

 

 

マチアス:夜遅くにすまない! 旅の者だが道に迷ってしまった。夜が明けるまで留まらせて貰えないだろうか?
      (間。2カウント)ふむ……いないのか?

 

 

大門:いや、明かりが点いてるんだ。いないことはねぇだろうよ。

 

 

マチアス:だとしたら寝てるのか? ふむ、困ったな……。

 

 

大門:ん? おい、マチアス。この家、鍵が掛けられてないぞ。――失礼するぜー。

 

 

マチアス:あ、おい! 大門!

 

 

大門:気が引けるが、事情を説明すれば分かってくれるだろうぜ。

 

 

マチアス:……そうだな。そうだといいが。

 

 

   (間。7カウント)
   (家の中に入ってみると、至る所に本が積まれている)

 

 

大門:なんだこの家は……。本ばっかりだな。

 

 

マチアス:……これは、歴史書か? これも……この本も……。
       どうやら全部歴史書のようだな。

 

 

大門:歴史書ぉ? なんでそんな堅苦しいモンが――

 

 

マチアス:待て、大門。……誰かいる。

 

 

大門:なんだって?

 

 

   (間。3カウント。そこには木製の机に伏して寝ている女の姿。)

 

 

マチアス:白い肌に白い髪……この女、アルビノか。
       ……寝ているのか?

 

 

シンシア:……くぅ、うぅ……。――はっ!?(目が覚める)

 

 

マチアス:すまない、起こしてしまったようだな。

 

 

シンシア:……貴方たちは?

 

 

マチアス:安心してくれ、俺たちはあんたに害を加えるつもりはない。この大雨だ。少しだけ匿って欲しい。

 

 

シンシア:……別に構いはしませんが。ただ、ご存じでしょうけど、この家には何もありませんよ。

       


マチアス:いや、大丈夫だ。恩に着る。

 

 

シンシア:大したおもてなしはできませんが、お茶でも入れましょうか。
       雨で体も冷えてることでしょう。

 

 

大門:おう、助かるぜ!

 

 

マチアス:別に気を遣ってもらわなくても……。

 

 

シンシア:折角のまともなお客様なので、おもてなしさせてください。

 

 

マチアス:……それなら。

 

 

   (間。5カウント)
   (シンシア、東洋の緑茶・和菓子を人数分持ってくる)

 

 

シンシア:どうぞ。お口に合うか分かりませんが。

 

 

マチアス:構わない、ありがとう。

 

 

大門:うひー、あったけぇ! ――ってこれ、緑茶じゃねえか! 俺の故郷によくある茶だよ!

 

 

シンシア:まぁ、そうなんですね! 今日偶然商人さんから仕入れたんですよ。
       貴方は東の国出身なんですね。えぇっと――

 

 

マチアス:そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はマチアス。旅人だ。
       旅の各地で依頼を受けることで路銀を稼いでいる。

 

 

大門:同じく大門だ。よろしくな!

 

 

シンシア:マチアスさんと大門さんですね。私はシンシアと言います。

 

 

大門:それにしてもあんた、こんな場所に住んでるのか?

 

 

シンシア:えぇ。騒がしいのはあまり好きじゃないんです。

 

 

大門:そんなもんかねぇ。

 

 

シンシア:それにしても、珍しいですね、あなたたちのような――


 

盗賊①:おーう、失礼するぜぇ!

 

 

大門:おわっ、なんだなんだ?

 

 

盗賊①:へへっ、見つけたぜ。

 

 

シンシア:あなたたちは?

 

 

盗賊①:俺たちのことなんてどうでもいいんだよ。
      あんたを捕えて俺たちの言いなりにすれば、何だって出来るんだからなぁ。

 

 

シンシア:……どこで情報を得たのかは知り得ませんが、無駄な事はお止めなさい。

 

 

盗賊①:無駄かどうかは、女の細腕で俺たちを止めてみせてから言うんだなぁ!
      いけぇ! お前ら!

 

 

盗賊②:任せて!

 

 

マチアス:させるか! 

 

 

盗賊②:何よアンタたち。アタイたちの邪魔をするつもり?

 

 

大門:どんな目的かは知らねぇがよ、いきなり現れて乱暴とは見過ごせねぇな。

 

 

シンシア:マチアスさん、大門さん……。

 

 

盗賊②:同業者かと思ってたけど、どうやらそうじゃないみたいね。邪魔するなら、容赦しないわよ!

 

 

大門:同業者ぁ? 一緒にするんじゃねぇよ! それにやれるものなら、やってみろってんだ!

 

 

盗賊②:きゃっ!? いたたたたたた!? ななななな何よ、この力!?

 

 

マチアス:相手が悪かったな。生憎、俺たちは人間じゃない。

 

 

盗賊②:なななな、なによその姿!

 

 

マチアス:怪我したくなければ大人しく立ち去るがいい。

 

 

盗賊②:ふ、ふふふ!

 

 

大門:何がおかしいんだよ!

 

 

盗賊②:奥の手は、最後までとっとくものよ! ねぇっ!

 

 

盗賊①:ほーら、この女が隙だらけだぜ?

 

 

マチアス:シンシア!

 

 

シンシア:……。

 

 

盗賊①:自分がピンチだってぇのに、眉一つ動かさないんだな。冷静な女は嫌いじゃないぜ?

 

 

シンシア:こんなことで優位に立ったと思わないことです。

 

 

盗賊①:強気だねぇ。それじゃぁ、これを見てもそう言えるか?
      言っておくが、このナイフの切れ味はすげぇぞ?

 

 

大門:くっ、あの野郎……。

 

 

盗賊①:さぁ、大人しく俺たちに従ってもらおうか。

 

 

シンシア:……どのナイフが切れ味が凄いのでしょうか。

 

 

盗賊①:あ? そりゃぁこの――ってなんだこりゃ!? ナイフが……折れてる!?

 

 

盗賊②:うわああああ!? あ、アタイたちの武器もボロボロに……どうして!?

 

 

シンシア:たとえ折れてなくても、私を傷つけるのは不可能ですが、私の客人に傷をつけられては困りますので。

 

 

盗賊①:くっ、このアマぁああ!

 

 

シンシア:あまり私に敵意を向けると――

 

 

盗賊①:ぎゃぁあああ、う、腕が! 腕がぁ!?

 

 

盗賊②:な、なんでそいつの腕が折れてるのよ……あんたたち、何もしてないでしょ!?

 

 

シンシア:だから言ったのに……。さて、あなたたちはどうするんですか? まだ私を狙いますか?

 

 

盗賊②:ひ、ひぃ……。に、逃げるわよ!

 

 

盗賊①:ま、待て! お、俺を置いてくなぁ!!!

 

 

   (間。5カウント。)
   (逃げ去る盗賊)

 

 

マチアス:……行ったか。

 

 

シンシア:お騒がせしてすみませんでした。

 

 

大門:あんた……一体!?

 

 

マチアス:もしやと思っていたが、あんたが「歴史を紡ぐ魔女」か。

 

 

シンシア:知っていたのですね。

 

 

マチアス:いや、噂くらいでしか聞いたことがなかった。
       この世界に神をも等しい力を持ち、何千年の時を生きる魔女が世界の歴史を紡いでいると。
       ……まさか人の世に普通に暮らしているとは思わなかったがな。

 

 

シンシア:人の世では無ければ、歴史書は書けませんからね。それに人の世に紛れていると言えば、
       あなたたち亜人も同じでしょう。マチアスさんはライカンスロープ、
       大門さんは鬼……しかもここらじゃ見ない東洋の鬼ですね。

 

 

マチアス:よく知ってるな。

 

 

シンシア:一応歴史を記して生きているので、ある程度の事は知識があります。
       まぁ、こんな状態で長話をしてもなんですから、続きは食事をしながらでもしましょうか。

 

 

大門:いいのか!? 俺、ちょうど腹減ってたんだよ!

 

 

シンシア:いえ、巻き込んでしまったので、そのお詫びですよ。

 

 

マチアス:そうか。なら俺たちは先ほどの奴らが荒らしたこの部屋を掃除しておこう。

 

 

シンシア:ありがとうございます。

 

 

マチアス:大門、手伝え。

 

 

大門:えー! 俺もかよ。

 

 

マチアス:ご馳走してもらうんだ、当然だろう。

 

 

大門:はいはい、分かったよ。

 

 

――――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)

【シーン3】

 

   (シンシアの料理を食べたマチアス、大門は部屋で寛いでいる。)

 

 

大門:ぷっはー、食った食った! ごちそうさん!

 

 

シンシア:ふふ、お口にあったのならばなによりです。

 

 

マチアス:……なぁ、シンシア。

 

 

シンシア:なんでしょう?

 

 

マチアス:この家に積まれてる本は全部、あんたが書いたのか。

 

 

シンシア:国に進呈したりもしていますので、この家にあるのはごく一部ですよ。
       たかだか50年分くらいでしょうか。

 

 

大門:ご、50年!? あんた……一体何歳なんだ?

 

 

シンシア:長く生き過ぎて数えるのは止めましたが、少なくとも1000年以上は生きてますよ。

 

 

マチアス:……。

 

 

シンシア:魔女に寿命はありません。与えられた力で体を守る事だってできます。

       魔女が死ぬ時があるとするなら……使命に背いた時と、歴史に介入した時です。

 

 

大門:なんだそりゃ。

 

 

シンシア:私の使命は歴史を書に記していくこと。

      強大な力を持つ魔女が歴史となる事象を強引に捻じ曲げてはいけないのです。
       だから私が歴史の表舞台に立つことは決してありません。
       戦争でどんなに人が死んでも、政争で国が滅んでも、文明さえも衰退しても、
       私は座ってその出来事を文字にして残していくだけです。

 

 

マチアス:……ふむ。

 

 

大門:家族はいないのか? 友達とか……。

 

 

シンシア:家族はいません。正直な話、どこで生まれたのかも知り得ません。
       初めてこの地に立った時、唯一知っていたのは自分の名前と課せられた使命だけでした。
       そして私の友人となった人は、今は皆、本の中に――歴史として生きています。

 

 

マチアス:残されるのは……つらいか?

 

 

シンシア:……慣れました。慣れないと何千年も生きてはいけませんから。

       それに、寂しくなった時は使い魔だって呼ぶこともできますので。

 

 

大門:はー、魔女って何だってできるんだな。

 

 

シンシア:ふふ、制限はされますがね。その他に物を浮かせたり、瞬間移動だってできます。
       本当の事を言えば食事も睡眠だって取らなくても生きてはいけるんです。

 

 

大門:羨ましいな。俺たちなんて毎日飯の為に稼いでるのに。

 

 

マチアス:……なぜ、そうしないんだ?

 

 

シンシア:……。

 

 

マチアス:いや、言いたくなければいいんだ。

 

 

シンシア:私は確かに魔女ですが……この世界で生きる一員だと思っています。

       歳を取らず、死ぬこともない。ただでさえ、人やあなたたち亜人とは違うのに、
       食事も睡眠もしないなんて……さらにヒトから離れていくなんて……。

 

 

大門:お、おい……。マチアス!

 

 

マチアス:……俺が無神経だった、すまない。

 

       

シンシア:いえ……。大丈夫です。
      さて、夜も更けてきたことですし、今日はここまでにしましょうか。
       明日、晴れるといいですね。

 

 

マチアス:そうだな……。

 

 

   (間。7カウント)

   (夜。寝床で話すマチアスと大門)

 

 

マチアス:……はぁ。

 

 

大門:寝られねぇのか。

 

 

マチアス:……あぁ。

 

 

大門:そりゃそうだよなぁ……。魔女っててっきり生物を超えた……なんだ、その神様みたいなもんかと思ってた。

 

 

マチアス:俺もだ。だが、実際はなんて事の無い。人間や俺たち亜人と同じ心を持った普通の女性だった。

 

 

大門:……あぁ。

 

 

マチアス:おい大門。最後のあの女の顔、見たか?

 

 

大門:最後って、お前が言い過ぎたあれか?

 

 

マチアス:……あぁ、そうだ。寂しい目だった。一体何人の仲間が……彼女の中で歴史となったのだろうな。

 

 

大門:……わからねぇな。何せ永遠に生きる魔女様だ。

 

 

マチアス:使命を全うしながら、その反面恐怖しているのではないか?

      無闇に仲良くなれば、また自分を置いて先行くことを。
      だからこうして路地裏に居を構え、ひっそりと生きているのではないのだろうか。

 

 

大門:……それって推測だろ? 本当のことなんて。

 

 

マチアス:俺たちも人とは違う種族だ。友となった人の子に、何人置いていかれたことか。

 

 

大門:……それは。

 

 

マチアス:その気持ちを知ってしまったら……放っておくことなぞ……。

 

 

大門:そう……だよな。

 

 


――――――――――――――――――(7カウント)
【シーン4】


マチアス:世話になったな。

 

 

シンシア:いえ、私も久々にたくさんお話しできたので。

 

 

マチアス:そう言ってくれると助かる。……そうだ、シンシア。

 

 

シンシア:どうしましたか?

 

 

マチアス:俺たちは魔女のお前と関わりを持っても平気なのか?

 

 

シンシア:貴方たちが歴史を動かすような人たちにならなければ……。

 

 

マチアス:なるほどな。なぁ、またここに寄らせてもらってもいいか?

 

 

シンシア:え?

 

 

大門:えぇ!? 本気で言ってるのか?

 

 

マチアス:どうせ時間なら俺たちもいくらでもあるだろう?

       魔女みたいに不老不死ではないとは言え、寿命なら人間の倍以上はある。

 

 

大門:それはそうだけどよ。

 

 

マチアス:不服か?

 

 

大門:い、いや……。お前がそんなことを言うなんて珍しいと思ってよ。

 

 

マチアス:……魔女という存在に興味を持った。ただそれだけさ。

 

 

大門:お、それってもしかして?

 

 

マチアス:深い意味はない。それでシンシア、いいか?

 

 

シンシア:……はい。この先どんなことがあるか分かりませんが、互いに無事でしたらまたお会いましょう。

 

 

マチアス:ありがとう。では――失礼する。

 

 

シンシア:はい! では、マチアスさん、大門さん。いってらっしゃい。

 

 

マチアス:あぁ、行ってくる。

 

 

 

――――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン5】

 

シエル:マスター、紅茶さんを連れてきました。

 

 

シンシア:あら?

 

 

ダージリン:ごめん、また道に迷っちゃった……。

 

 

シエル:そろそろ覚えてください。そして一々連れてくるシエルの身にもなって下さい。

 

 

ダージリン:ごめんってば。

 

 

シンシア:今日は薬を買いに来たんですか? それとも、何か売ってくれるんですか?

 

 

ダージリン:そ、そうなんだ! 今日は薬を買いに来たのと、シンシアさんにお勧めの商品が――って、

        今日はなんか機嫌がいいですね?

 

 

シンシア:ふふ、そう見えますか?

 

 

ダージリン:えぇ、とっても。

 

 

シエル:マスターは最近、ご友人が出来たのでその為かと。

 

 

シンシア:シエル、一々話さなくていいのよ。

 

 

シエル:分かりました、マスター。シエルは口を閉じておきます。むぐ。

 

 

ダージリン:へぇ、シンシアさんにお友達かぁ……会ってみたいなぁ。
        あわよくば商品を買ってくれないかな。

 

 

シンシア:ふふ、ではお薬持ってきますね。

 

 

シエル:マスター、運ぶのをお手伝いします。

      あ、喋ってはいけないのでした。
      (以下口を閉じながら。)
    マスター、運ぶのをお手伝いします。

 

 

ダージリン:あんな、シンシアさん、初めてみたなぁ。

 

 

   (間。5カウント)

 

 

シンシアM:歴史を紡ぐ魔女。永遠の時を生き、確かに存在した事実を文字にして書に記す。

        寿命が無いが故、一人で生きることを強いられてきた。
        共に歩む者は皆、歴史となり今も私の本の中で生きている。
        私は後何百年、生きればいいのか。後何千年、歴史を紡ぐ作業すればいいのか。
        私はそんなことを考えながら、今日も歴史を紡ぐ。

 

 

 

―――――――――――――――――――(間。カウント7)

【シーン6】


シンシア:魔女……。

 


マチアス:魔女は何人たりとも、その体に傷を負わせられない。

 


シンシア:この力を自分のものとするために、今まで何人の人が私を襲いに来ただろうか。

 


大門:魔女はその絶大なる力の乱用を固く禁ずる。
    万能足りうるその力は、己の使命の為に使用することのみ許可する。

 


シンシア:私は何でもできる。人を生き返らすことも、殺すことも。国一つを滅ぼすことだってできる。

      だけど、それは許されない。そう決められているから。だから力は使えない。

 


ダージリン:魔女は万年の歴史を書に記述することを使命とする。各国国王は自国の歴史書を受け取る代わりに、
       魔女の存在を認め、金銭的、身体的に保障しなければならない。

 

 

シンシア:そう。それが、私が「歴史を紡ぐ魔女」と呼ばれる所以。

 


シエル:魔女は歴史的事象に介入することは許されない。
    介入した場合、自身の消滅を意味する。

 

 

シンシア:何が起こり得ようとも、私は傍観者としての立ち位置を覆すことは出来ない。

       (間。3カウント)
     ……多くの誓約に縛られながら、私は幾千を超える時を歩む。

 

 

 

―――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン7】

 


   (魔女の家。相変わらず机に突っ伏しながら寝ているシンシア。起こしに来る使い魔のシエル)

 


シエル:マスター。おはようございます。朝です。

 

 

シンシア:……ん。ふわぁ……。
      ……また机で寝てしまったのね。
      おはようシエル。後、毛布を掛けてくれてありがとう。

 

 

シエル:いえ。昨日は各国に本を届けにいったり、夜遅くまで作業されていたりとお疲れだと思いましたので。

 

 

シンシア:ふふ、優しい子ね。……ところで、貴女が私を起こしに来るってことは何か予定が入ってるのかしら。

 

 

シエル:本日はダージリンさんが訪ねてくる予定となっています。

 

 

シンシア:ダージリンさん……あぁ、紅茶さんね。懐かしい。
      立派な商人になるって言って、この街を出て以来ね。……何年振りかしら。

 

 

シエル:5年と6か月、11日ぶりです。

 

 

シンシア:そんなに経つのね。折角訪ねてきてくれるのだから、おもてなしの準備でもしましょうか。
      シエル、街に行ってお茶菓子を買ってきて貰えないかしら。私は部屋を片付けるから。

 

 

シエル:分かりました。

 

 

シンシア:……もう5年か。月日が経つのは早いものね。長い時を生きているせいか、
      5年の月日がつい数日前のことのように思えてしまう。

 


   (間。5カウント)
   (外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。)

 

 

大門:なー、こっちでよかったのか?

 

 

マチアス:確かこのあたりのはずだが……。

 

 

シンシア:あら、この声は――まさか!

 

 

大門:誰かに聞いた方が……ってあれ?
   ……へへ、道は間違ってなかったみたいだな、マチアス。

 


マチアス:ふ、そうだな。

 

 

   (シンシアが住む家の玄関の扉が開く。)

 

 

シンシア:こんにちは。お久しぶりですね、マチアスさん。大門さん。

 

 

マチアス:あぁ。シンシアも元気そうで何よりだ。

 

 

シンシア:ふふ、ご心配なく。私は魔女なので。
     ……それにしても、本当に会いに来てくれるとは……嬉しいです。

 


マチアス:嘘の約束をするなら、もっと気の利いたことを言っているさ。

 


大門:……狼男の台詞じゃねぇよな、これ。

 


シンシア:とにかく、立ち話もあれですので、上がってください。

 

 

大門:おう、色んなところに行ったりで疲れてたんだ! お言葉に甘えて、失礼するぜ!

 

 

   (間。5カウント。家の中へ)

 

 

大門:いやー! それにしても、この街変わってて驚いたぜ!

 

 

シンシア:2年前にこの街の産業が発達し始め、さらに都市化が進みましたからね。
      今では裕福な家庭が増え、露天商や行商人が行き交う活気のある街になりましたよ。

 

 

マチアス:景色が変わりすぎて、この家も無くなってしまったかと思ったよ。

 


シンシア:大丈夫ですよ。この家は永遠に無くなる事は無いですから。

 

 

マチアス:どういうことだ?

 

 

シンシア:魔女は世界各国の王と契約を結び、街の、国の、世界の歴史を綴る代わりに、
      不自由の無い生活を保障してくれているのです。だからこの家が無くなることはありません。

 


大門:……ううん?

 

 

シンシア:ふふ、魔女にも色々あるのですよ。

 

 

   (間。5カウント)
   (紙袋を抱えながら帰宅するシエル。)

 


シエル:……これは?

 

 

大門:お?

 

 

マチアス:む、この少女は?

 

 

シエル:……ふむ。

 

 

大門:な、なんだよジロジロみて。

 

 

シエル:シエルが推測するに紅茶さんが別人になって、さらに二人に分裂して訪ねてきた?

 

 

大門:なんだそりゃ……。

 

 

シンシア:あら、お帰りなさい、シエル。

 

 

シエル:ただいま戻りました、マスター。

 

 

シンシア:えっと、この人たちの事なんだけど――

 

 

シエル:分かっています。この方たちこそ、マスターが以前言っていたご友人であるということ。
     そして、たった今買って来たお菓子の量では足りないということを、シエルは理解しました。

 


シンシア:ごめんなさいね、もう一度頼めるかしら。

 


シエル:はい、行ってきます。

 

 

マチアス:……今のは?

 

 

シンシア:私の使い魔とでも言いましょうか。簡単に言えば使用人みたいなものです。
      名前はシエル。少し変わった子ですけど、悪気はないので優しくしてあげて下さい。

 


マチアス:使い魔も呼ぶことが出来るのか。……だが、初めてここに来た時にはいなかったみたいだが。

 

 

シンシア:その時はこの国の王に歴史書を収めに行ってもらっていました。
      ……そう言えば、今回はどれくらい滞在するんですか? 

 


マチアス:この街で仕事を頼まれてな。大体1ヶ月程度を予定している。

 

 

シンシア:そうですか……。泊まる宿はもう決めたのですか?
      無いならこの家に泊まっていただいても構いませんが……。

 


マチアス:いいのか? 確かに宿代が浮くのは助かるが……。

 

 

シンシア:本ばかりで埃っぽい家でよければ、ですが。

 

 

マチアス:いや、構わない。よろしく頼む。

 

 

シエル:マスター、ただいま戻りました。そして、紅茶さんがまたしても道に迷っていたので連れてきました。

 

 

ダージリン:いやぁ、はは……。お久しぶりです、シンシアさん。

 

 

シンシア:この家に来るたびに道に迷うのは、相変わらずですね。
      ……それにしても、立派になられましたね。

 


ダージリン:僕もいい大人ですからね。道に迷うのは……その……5年ぶりだから仕方ないということで。

 

 

シエル:紅茶さんは5年前、1週間ごとに来ていた時も、1度たりとも自分の力で来れたことはないですが?

 

 

ダージリン:ぐっ……

 

 

シエル:ちなみにその時はこの家が入り組んだ路地裏にあるのが悪いと――

 

 

ダージリン:わ、悪かったって! その辺にしてくれよ、シエルちゃん!
       ――ってあれ? ど、どちらさま?

 


大門:いや、こっちの台詞だよ。

 


ダージリン:おっと失礼。商人たるもの、まずは信用からだな。僕はダージリン。行商人をしてる。
       魔女のシンシアさんとは長年物を買ったり売ったりしてる仲だ。あんたちは?

 


マチアス:マチアスだ。シンシアの正体を知っているということは隠す必要はないだろう。俺たちは亜人だ。
      ライカンスロープ……いわゆる狼男だ。

 


大門:同じく亜人の大門だ。よろしくな、商人さんよ。あ、ちなみに俺は鬼な。

 

 

ダージリン:亜人だって!? 亜人とお近づきになれるなんてついてるなぁ、僕! 

 

 

マチアス:最近、亜人は少なくなってるからな。
      だが、見た目が違う以外、お前たち人間と殆ど変わりは無いから、そんなに面白味は無いだろう?

 


ダージリン:んー、それもそうだな。へへ、ともかく色んな人と知り合いになれて、僕は嬉しいよ。
       よろしくな、二人とも! そうだ、良い商品を仕入れたんだ。
       あまり手に入らない珍しいお酒みたいなんだ。皆で飲もうじゃないか!

 

 

大門:おいおい、こんな時間から酒かぁ? ま、俺は嫌いじゃねぇけどよ。

 

 

ダージリン:細かいことは気にしない気にしない。
       あ、もしかしてお酒飲めない?

 


大門:鬼が酒に弱い訳ないだろ? はははははは!

 

 

マチアス:俺は構わないが……。(シンシアを見る)

 

 

シンシア:私ですか? いいですよ。誰かとお酒を酌み交わすなんて本当に久しぶり……。
      シエル、グラスを持ってきてもらってもいいかしら?

 


シエル:分かりました。

 


シンシア:5人分ね。

 

 

シエル:分かりました5人分……え? 5人分?

 

 

シンシア:私とマチアスさん、大門さんに紅茶さん。そして使い魔のあなたを含めて5人分でしょう?

 

 

シエル:……シエルもご一緒していいんですか?

 

 

シンシア:おかしなことを聞くのね。使い魔と言えど、あなたは道具じゃないのよ。

 

 

シエル:……分かりました。用意します。くすっ。

 

 

ダージリン:シエルちゃんも笑うんだな。良いもの見たよ。

 

 

シエル:いえ、笑ってません。紅茶さんの勘違いです。

 

 

大門:はっはっは、一丁前に照れてるじゃねぇか!

 

 

マチアス:ふっ……。

 

 

シンシア:うふふ。

 

 

シエル:マスターまで……。し、シエルはグラスを取ってきます。

 

 

シンシア:楽しい夜になりそうですね。

 

 

マチアス:あぁ、そうだな。

――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン8】

 

   (酒盛り後。夜中、一人机に向かって何かを書いてるシンシア。マチアスが部屋に入ってくる。)

 

シンシア:……はぁ。

 

 

マチアス:明かりが点いてるから来てみれば……まだ起きていたのか、シンシア。

 

 

シンシア:(ペンを置く)あ、マチアスさん。どうしたんですか? こんな夜更けに。

 

 

マチアス:少し飲みすぎたのか、目が冴えてしまってな。

 

 

シンシア:そうですか。何か飲み物でも入れましょうか?

 

 

マチアス:いや、気を遣ってもらわなくてもいい。
      そうだ、少し話し相手になってくれないか?

 


シンシア:私で良ければ。

 

 

マチアス:……それにしても、たった一度しか会っていないのに、5年も覚えてくれているとは思わなかった。

 

 

シンシア:数少ない私のお友達です。忘れるはずはありませんよ。

 

 

マチアス:そうか。だが、今日のあんたの楽しそうな顔を見ると、来てよかったと思うよ。

 

 

シンシア:なんだか、恥ずかしいです。

 

 

マチアス:幸せそうな顔だった。

 

 

シンシア:……確かに幸せでした。でも、心の奥底で不安にもなります。

 


マチアス:不安?

 


シンシア:実は紅茶さん……いえ、ダージリンさんと再会したのも5年振りなのです。
      ダージリンさん……成長していました。

 


マチアス:それはそうだろうな。人間は俺たち亜人や、お前のような魔女とは時の流れが違うからな……。
      ……お前が何を考えているか大体分かる。怖いんだろう?
      知り合った友が、また自分を置いて行く、そう思っているのだろう?

 


シンシア:……はい。

 

 

マチアス:では、知り合わなければよかったと思うか?

 

 

シンシア:いえ……そんなことは決して……。

 

 

マチアス:ならばそれが答えだ。今この時を大切に生きること……。
      永遠に生きるからこそ、今を大切にすべきだろう?

 


シンシア:今を……大切に?

 


マチアス:あぁ。俺も偉そうなことを言える立場では無いが、そう思った。
      すまないな、説教臭くて。

 


シンシア:いいえ。ありがとうございます。
      やはり、貴方は優しい人ですね。顔には表さないけど、しっかり人の事を考えてくれている。

 


マチアス:……そんなことはない。

 

 

シンシア:いいえ、私は何百年、何千年と生きて、多くの人を見てきました。人を見る目は肥えてるつもりです。

 

 

マチアス:買いかぶり過ぎだ。

 

 

シンシア:……私を魔女と知り、普通に接してくれる人なんていませんでした。
      大抵はこの力を利用しようとする者か、もしくはあたかも神のように崇められるか。その二つでした。

 


マチアス:……。

 


シンシア:マチアスさんは、私の対等に扱ってくれるどころか、境遇まで気にかけて下さったのです。
      たとえ買い被りであっても……少なくとも私は貴方が優しい人だと、そう思っています。

 


マチアス:……素直に受け取らせてもらおう。ありがとう、シンシア。

 

 

シンシア:こちらこそ、ありがとうございます、マチアスさん。
      さて、いい時間帯ですね。そろそろ寝るとしましょうか。

 


マチアス:あぁ、そうだな。

 

 

 

――――――――――――――――(間。7カウント)

【シーン9】


大門:ふあぁ……。眠っ……。

 


ダージリン:お! 来た来た。おはよう、寝坊助さん。

 

 

マチアス:遅いぞ、大門。早く顔を洗って来い。

 

 

シエル:マスター、この服動きづらいです。いつもの服がいいです。

 

 

シンシア:こんな機会初めてでしょう? 少しはお洒落しないと、ね?

 

 

シエル:マスターは?

 

 

シンシア:私はいいんです。

 

 

シエル:理不尽。

 

 

大門:なんだなんだ? 皆元気だなぁ……。ダージリンに至っては昨日あんなにベロンベロンだったくせに。
    ……ところでどういう状況だ?

 

 

ダージリン:どういう状況かって、見ての通り、絵を描く準備をしてるのさ。

 

 

大門:こんな朝っぱらから何で……。

 

 

マチアス:何言ってるんだ大門。俺たちも暇じゃないだろう?
      昼からは依頼された仕事に向かうから朝じゃないとこんな時間は取れんだろう。

 


大門:あ、そうか。すっかり忘れてたぜ。

 


マチアス:はぁ……。しっかりしてくれ。

 


ダージリン:そういうことさ。僕も昼からは色んな物を仕入れに出掛けなきゃならない。だから皆がいる朝ってこと。
       ――よし、準備が整った。シンシアさんは真ん中の椅子に腰かけて下さい。

 


シンシア:え? 私が真ん中ですか?

 

 

ダージリン:そりゃそうですよ。この家の主は貴女なんですから。

 

 

マチアス:俺たちはどこに立てばいい?

 

 

ダージリン:そうだなぁ……。男性陣は少し体力使うけど、シンシアさんの傍で立つ感じでお願いしてもいいかい?
       シエルちゃんも同じで。

 


マチアス:あぁ、分かった。

 

 

シエル:承知しました。

 

 

ダージリン:いやー、嬉しいなぁ。魔女とその使い魔。狼男と鬼、そして人間。
       一つの家にこんなにも色んな人が集まるなんて、そうそうある機会じゃないよ! うんうん、筆が進む。

 


大門:……なぁ、まさか絵が完成するまで、動くなって訳じゃねえだろうな。

 

 

ダージリン:嫌だなぁ、当たり前じゃないか。動いたら描いてる絵と構図が変わっちゃうだろ?

 


大門:……嘘だろ?

 

 

ダージリン:あー、もうちょっと笑顔だと嬉しいな。特にマチアスとシエルちゃん。

 

 

マチアス:ぬ。こ、こうか……。

 

 

シエル:マチアスさん。顔が引きつっています。

 

 

大門:シエル、そういうお前はせめて笑顔をつくる努力をしろ。

 

 

シエル:そんなことありません。シエルは今満面の笑みです。

 

 

大門:嘘つけ。

 

 

シンシア:……ふふっ。

 

 

ダージリン:お、いい笑顔! 全く、シンシアさんを見習ってほしいよ。

 

 

マチアス:楽しいか?

 

 

シンシア:えぇ。互いの種族を越え、こうして皆で一緒にいることが、とっても。

 

 

マチアス:そうか。……ふっ。

 


ダージリン:それだよマチアス! 今の顔!

 


マチアス:ぬ? ど、どんな笑顔だった?

 

 

シエル:シエルに聞かれても困ります。

 

 

シンシア:ほら、マチアスさん。頑張ってください。

 

 

マチアス:く、ぐぬぬぬうううう。

 

 

大門:ぶははははは! マチアス、すんげぇ顔だぜ! あははははは!

 

 

  (間。7カウント)

 

 

ダージリン:はー、やっと出来たー!

 

 

シンシア:ふふ、ご苦労様です。どれどれ――あら、素敵な絵ですね。

 

 

マチアス:なるほど、上手いものだな。

 

 

ダージリン:そう言ってくれると嬉しいよ。それじゃあこれを――はい。

 

 

シンシア:私に?

 


ダージリン:僕は商人だから持ち歩くことなんて出来ない。旅をするマチアスと大門もそうだろう?
       なら、この絵を上げるとしたら、シンシアさんかなって思ったんです。

 


シンシア:……でも。

 

 

マチアス:絵があると思い入れも強くなるだろう。
      だが、この絵は一つの時代に、俺たち5人が共に生きていた確かな証拠であり、

      掛け替えのない思い出となるのではないか。

 


シンシア:……そうですね。では、ありがたく飾らせてもらいますね、紅茶さん。

 

 

ダージリン:別にいいですよ。シンシアさんにはお礼を言っても言い足りないくらいですから。
       さて、絵も描けたし、僕は出発しようかな。

 

 

大門:おーい、マチアス! こっちも準備が出来たぜ!

 

 

マチアス:あぁ、分かった。

 

 

シンシア:では、紅茶さん。暫くお別れですね。

 

 

ダージリン:はい。でもまぁ、また貴女が作った薬を買いに来ますんで。

 

 

シンシア:えぇ、待ってます。

 

 

ダージリン:それじゃあ、皆さん。お達者で――

 

――――――――――――――――(間。7カウント)
【シーン10】


シンシアM:あれからさらに20年の歳月が過ぎた。世界は、静かに動き始めていた。
      繁栄し、力を持った国々は、さらなる領土を求め、
      また自国の力を誇示するために、戦争という手段を取る。
      戦争によって多くの金を、人を、時間を、全てを費やしていく。

 


   (間。5カウント)


 

大門:おーう、失礼するぜー。


 

シエル:いらっしゃいませ、そしてお久しぶりです、大門さん。

    日に日にこの家に来ることに遠慮が無くなってきてますね。

 


大門:固い事言うなって。あれ? お前のマスターは?

 


シエル:マスターは只今遠出されていて、シエルは一人お留守番です。


 

大門:なんだ、そうなのか。まぁいいや、ほら土産だ。


 

シエル:これは……。

 


大門:木彫りの牛だ。最近故郷に寄ったからな。へへ、躍動感があっていいだろ?


 

シエル:お言葉ですが、正直センスを疑います。


 

大門:素直に喜べよなー。


 

シエル:……それにしても、今日はお一人なんですね。


 

大門:あぁ、別にいつも一緒って訳じゃねぇからなぁ。

 


ダージリン:なんだ、てっきりいつもに一緒にいると思ったよ。

 


大門:ん? おぉ! お前は……ダージリンか? 初めて会った時は若造だったのに。
   暫く見ないうちにお前さん、老けたなぁ。


 

ダージリン:僕は人間だからね。いつのまにか40歳さ。


 

大門:オッサンだな。


 

ダージリン:ふふ、見た目だけだったら僕の方が年上に見えるかもね。
      そういう大門、君は変わらないな。

 


大門:鬼は長生きだからな。それより、そんな大荷物でどうしたんだ?


 

ダージリン:……戦争が始まったんだ。

 


大門:戦争だぁ!?


 

シエル:今やこの国は世界有数の軍事力を持ち、さらなる領地を求めるために他国を侵略しようとしています。


 

ダージリン:おかげで武器や防具、傷薬が飛ぶように売れる。


 

大門:嬉しそうには聞こえねぇな。


 

ダージリン:戦争を喜ぶ人なんていると思うか?
      ……だけど僕は商人だ、物売らないと食べていけない。
      今では養う妻と息子もいる。だからしょうがなく武器を売ってるんだ……。


 

大門:……。


 

ダージリン:戦争には亜人も利用されてるらしい。亜人を傭兵として雇い、戦争に駆り出してるそうだ。


 

大門:どうやらそうみたいだな。俺たちの所にも依頼が来た。まさかそれが戦争の手伝いとは思っても見なかったがな。


 

ダージリン:変なことを聞くが……何で受けなかったんだ?


 

大門:わざわざ人を殺してまで金を稼ぎたいとは思わねえよ。他の道があるならその道を選ぶ。だから断った。


 

ダージリン:他の道……。


 

大門:まあ言い換えれば、他に道が無ければ、血生臭い道でも歩くってことだな。

 


ダージリン:ドライだな、大門は。

 


大門:うだうだ悩んでる程、繊細な頭じゃないだけだよ。

 


ダージリン:戦争なんてしなけりゃいいんだ……。欲なんてかかず、今の領土で我慢すればいいじゃないか……。
      戦争なんて下らない事をするから僕たちは!

 


シエル:……紅茶さん、様子が変です。


 

大門:お、おいダージリン、どうした!


 

ダージリン:徴兵令が出たんだ……。


 

大門:徴兵令……?


 

ダージリン:今の僕は物を売る商人だけど、来週には人を殺す兵士になる。


 

大門:っ! ……なぁ、シエル。シンシアに頼んでこの戦争をどうにか出来ないのか?


 

シエル:出来ません。

 


大門:な、なんでだよ!? 魔女の力だったら戦争くらい止められるだろ!?

 


シエル:出来ません。前にも言ったように、戦争を止めること、それは歴史に介入するという事です。
    すなわち魔女の使命に背くことにあたります。
    使命に背けばマスターは……消えてしまいます。


 

大門:くそっ……!

 


ダージリン:大門、心配してくれてありがとう。でも……僕は大丈夫。
      今日はね、皆と暫く会えなくなりそうだから挨拶しに来たんだ。

 


大門:……。


 

ダージリン:シエルちゃん、シンシアさんによろしく伝えておいて欲しい。

 


シエル:分かりました。

 


ダージリン:……それじゃあ、行ってくる。


 

大門:……おい、ダージリン。

 


ダージリン:どうしたんだい。


 

大門:お前は商人だ。兵士じゃねえ。無理だと思ったら逃げろ。格好悪くても、情けなくてもいい。
   昔からよく言うだろ、命あっての物種ってな。

 


ダージリン:あぁ、覚えておく。

 


大門:お前ら人間は俺たち亜人より命が短いんだ。だから、これ以上に短くするような真似をするんじゃねえ。


 

ダージリン:……ありがとう。それじゃあ、僕は行くよ。


 

   (間。5カウント。出発するダージリン)


 

シエル:意外でした。大門さんがあんなことを言うなんて。


 

大門:だとしたらきっと、お前らのせいだな。マチアスとシンシア、ダージリンにシエルお前もだ。
   お前らといると、仲間といる楽しさを思い知らされるんだよ。
   だから仲間がみすみす死にに行くのを見過ごせねぇんだ。


 

シエル:仲間……。


 

大門:どちらにしろ、シエル。お前さんもダージリンに死んでほしくないだろ?


 

シエル:……紅茶さんはマスターの大事なお客様なので。

 


大門:それもそうだろうけど、それだけじゃねえだろ?


 

シエル:え?


 

大門:お前さん、ダージリンの事好きだろ?


 

シエル:……シエルに恋愛感情など分かりません。

 


大門:あぁ、すまん。言い方が悪かった。愛情がどうとかじゃなくてよ、仲間として、友達としてって事だ。


 

シエル:……?


 

大門:何て言えばいいのかねぇ。……あぁ、そうだ、あれだな。
   いなくなったら、寂しい。そう思うだろ?

 


シエル:そうですね。またいつもみたいに道に迷う紅茶さんを、シエルが家まで案内したいです。


 

大門:へへっ。


 

シエル:シエルには愛などという感情は分かりませんが、大門さんの言葉を使うなら、
    私は紅茶さんが好きです。

 


大門:俺も好きだ。ダージリンもシエルも、マチアスもシンシアも皆、な。
   一人でも欠けると俺は寂しく思うぜ。だから、今はダージリンの無事を祈ろうぜ。


 

シエル:はい。


 

   (間。7カウント)


 

シンシアM:やがて戦争は始まった。兵士たちは人を守るために、生き抜くために、

      祖国のために、そして繁栄の為に敵を殺す。
      戦争は膠着し、長期間に渡った。次々と徴兵される国民たち。作り出されていく軍需物資。
      この戦争で土地は荒れ、民の心は疲弊し、多くの生命が終わりを告げ、「歴史」へと還ってゆく。

 

 

 

 

―――――――――――――――(間。カウント7)

【シーン11】

 

シンシアM:戦争は終わった。十年という年月と、多くの犠牲を払い、敵国側の勝利という形で終結を迎えた。
      勝者は繁栄を、敗者は衰退を。弱肉強食。それは世界の絶対ルール。
      ただ、どちらにしても戦争の爪痕は大きく残った。
      ある者は体の一部を、ある者は帰る家を、ある者は帰りを待つ者を……多くの物を戦争は毟り取った

 

 

   (場面説明:シンシアが住む国は戦争に敗れ、街には負傷した兵士が帰還していた。
         仲間の死を悼む者、体の損傷を嘆く者、
         多くの人のむせび泣く声が聞こえる。)

 

      

兵士1:ちくしょう! 目を覚ましてくれよ! おい!

 

 

兵士2:あぁ、俺の足……。俺の足を返してくれ……。

 

 

シエル:……少し前まではあんなに活気づいていたのに。時の流れは無常とはいえ、切ないものですね。

 

 

ダージリン:……おっとっと!

 

 

シエル:あ、すみません。

 

 

ダージリン:あぁ……大丈夫だよ。――あれ? 君はまさか。

 

 

シエル:貴方は……紅茶さん?

 

 

ダージリン:シエルちゃんか……久しぶりだね。

 

 

シエル:あ……紅茶さん、その足……。

 

 

ダージリン:あぁ……戦争で負傷して、使い物にならなくなってしまったんだ。
      情けないことに杖が無いとまともに歩くことすら出来ない。

 


シエル:……肩を、貸しましょうか?

 


ダージリン:いや、大丈夫。でも、これじゃあもう商人には戻れないな。
      大事な職さえも奪い取るなんて……戦争は惨い。

      だけど、いまさらお金を稼いでも意味は無いか。一人身の僕には……。

 

 

シエル:一人身……?

 

 

ダージリン:その言葉の通りさ。僕が必死で戦っている間に、故郷の村が敵に襲われたんだ。
      当然家は壊され、家族は逃げ遅れ……ふ、ふふ……。

 

 

シエル:紅茶さん……。

 

 

ダージリン:……あぁ、そうだ、シエルちゃん。

 

 

シエル:……なんでしょうか?

 

 

ダージリン:これを……シンシアさんに渡してくれないかな。中身は開けちゃダメだよ。

 

 

シエル:……分かりました。 必ず渡します。あの、お代は……?

 

 

ダージリン:いや、いいよ。もう僕は商人じゃ無いんだ。それに、これを僕が持っていても意味は無いからね。
      それじゃあ――

 


シエル:どこに行くんですか?

 

 

ダージリン:……どこに行くんだろうね、僕は。

 

 

シエル:行く場所が無いならマスターの家に来ませんか?
    マスターも、マチアスさんも、大門さんも! 皆あなたの帰りを待っています!

 

 

ダージリン:嬉しいお誘いだけど、無理だよ。

 

 

シエル:どうして?

 


ダージリン:戦争で心も体も傷ついた僕の体は……もう長くはない。

 

 

シエル:そんなこと……。

 

 

ダージリン:僕は今年で50歳だ。君たちと一緒にいると僕まで長く生きていける気がしたけど、
      なんら変わりはない、普通の人間だった。

 

 

シエル:……。

 

 

ダージリン:老いて衰弱していくこの姿を、皆に見せたくはない。
      それに僕だけこんな姿で、変わらず元気な君たちを見ていると……嫉妬してしまう。
      醜い感情だろ?

 

 

シエル:いえ、そんなことは……。

 

 

ダージリン:ともかく、僕はもうみんなと一緒には生きられない。さようなら、シエルちゃん。

 

 

シエル:っ! 今まで……ありがとうございました……ダージリンさん。 

 

 

   (間。7カウント)
 

 

シンシアM:その後、疲弊した人類に追い打ちをかけるかのように、各地で大規模な災害が続いた。
      活火山の噴火、大規模な寒冷化。食物は育たず、人々は寒さと飢えに苦しんでいった。
      そして私の数少ない友人である人間の商人は、
      その厳しい環境に耐えきれず、呆気なく息を引き取った。
      住む家も無ければ、死を見届ける者もおらず、人知れぬ場所で静かに事切れていたそうだ。

 

 

   (間。5カウント)

   (場面転換:シンシアの家)

 


シエル:マスター、ダージリンさんの埋葬、済ませてきました。

 

 

シンシア:ありがとう。あなたもつらかったでしょう?

 

 

シエル:いえ、シエルは……大丈夫です。

 

 

シンシア:紅茶さんの事も、しっかり書き残してあげないと。彼個人の歴史を、彼がここに生きた証を……。

 

 

シエル:はい。――あ。

 

 

シンシア:どうしたの?

 

 

シエル:そう言えば、紅茶さんからマスター宛てに物を預かっていることを忘れていました。

 

 

シンシア:私宛に?

 

 

シエル:えっと確かこの戸棚に……。あった、この袋です。中身はマスターが開けるようにと受けています。

 

 

シンシア:そう。(袋を開ける)

     ――これは。

 

 

シエル:……?

 

 

シンシア:お茶に……しましょうか。マチアスさんと大門さんと皆で。

 

 

シエル:え? は、はい。用意してきます。

 


   (間。3カウント)

 


シンシア:……紅茶さん、いえ、ダージリンさん。
     私はあなたという素敵な人間の商人がいたことを決して忘れません。決して……。

 


   (間。5カウント。お茶会の準備を済ませると、マチアス、大門が現れる)

 


大門:おぉ、なんだなんだ?

 


マチアス:いい香りだな。

 

 

シンシア:そうでしょう? このお茶の香りなんです。

 


マチアス:お茶?

 


シンシア:えぇ。いい香りでしょう?
     このお茶の名前は――ダージリン。
     

 


―――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン12】

 

 

   (夜中。シンシアの部屋に大門が訪れる。《SE:扉をノック》)

 

 

大門:よっ、失礼するぜ。シンシア。

 

 

シンシア:大門さん……。こんな夜更けにどうしたんですか?

 


大門:いや、大したことはねぇんだ。……大したことは、な。
   ほらあれだ。世間話だ世間話。

 

 

シンシア:……はぁ。

 

 

大門:なんだ、その……。ダージリンの事、残念だったな。

 

 

シンシア:えぇ。悲しい事ですが、仕方がない事ですから……。

 

 

大門:一つ、聞いてもいいか?

 

 

シンシア:なんでしょう?

 


大門:死にたいって思ったことはあるか?

 

 

シンシア:え?

 

 

大門:あ、いや。別に悪意がある訳じゃねえんだ。
   何千年も使命に縛られて生きて、仲間と一緒に死ぬことだって出来ない。
   嫌になったとか……全てを投げだしたいとかって思わなかったのかなーってよ。

 

 

シンシア:……何度も思いましたよ。なんで魔女として生まれてしまったのだろうって。
     なんでこんな力を持ってしまったのかって、 それこそ飽きる程……。
     人間でも亜人でもいい。普通の女として一生を終えたかった。

 

 

大門:……。

 

 

シンシア:それでも私は魔女です。生き続け、歴史を紡ぐ。その使命は果たさなければなりません。
     別れは……とてもつらいです。だけど最初さえ堪えれば、やがて悲しみの波は引いて行く。
     寂しいけど、なんとかやっていけるんです。……やっていけてしまうんです。

 

 

大門:……そっか。なあ、もし……もしだけどよ、魔女の使命から解放される方法があったらどうする?

 

 

シンシア:ふふ、大門さん、面白い冗談を言いますね。

     お言葉ですが、そのような方法、きっとありませんよ。
     あるなら、ずっと前にそれに縋っているはずですから。
     でもそんな方法があるとするなら……たとえ可能性が低くても、信じてしまうかもしれませんね。

 

 

大門:……や、やっぱりそうだよな! ま、まああんたが言った通り、冗談だ。忘れてくれ。

 

 

シンシア:え、えぇ。

 

 

大門:そんだけだ。

 

 

シンシア:え? それだけ?

 

 

大門:あぁ。なんか一人で酒を飲んでたら誰かと話したくなったんだよ。すまねぇな、くだらない話に付き合わせてよ。
   俺は先に寝るわ。それじゃあ、お休み。

 

 

シンシア:別に構いはしませんが……。お休みなさい。

 

 

   (間。5カウント。大門、去る)

 

 

大門:それだけ分かりゃぁいい。シンシア、俺はあんたを魔女の使命から解き放ってやる。
   あんたは魔女だが、俺の友達だ。友達が苦しんでいるのを見過ごす程、俺は薄情じゃねぇんだ。

 

 

シエル:……大門さん?

 

 

大門:おわっ!? シエル、起きてたのか?

 

 

シエル:ちょっとお水を飲みに来ただけです。

 

 

大門:そ、そうか。子供は寝る時間だぜ。

 

 

シエル:使い魔に年齢などありません。心配無用です。

 


大門:へへ、生意気な口だなぁ、おい?
   さっさと寝ないと成長しねーぞ?

 

 

シエル:……子ども扱いしないでください。

 

 

大門:へいへい、んじゃ俺はお先に失礼するぜ。おやすみー。

 

 

シエル:おやすみなさい、大門さん。
    ……ふむ、さっきの独り言といい、何か様子が変でしたね。

 


  (間。7カウント。翌日)

 

 

マチアス:大門がいなくなった?

 

 

シンシア:えぇ。何処を探してもいないんです。

 

 

マチアス:いつも何かある時は一言告げていくのだが……何かあったのだろうか?

 

 

シンシア:そう言えば……昨日の大門さん、少し様子が変でした。

 

 

マチアス:様子が変?

 

 

シンシア:なんと言いますか挙動不審というか……。

 

 

マチアス:何か隠してるな。あいつは嘘が下手だから態度に出る。……大門め、一体何を隠している。

 

 

シンシア:何か……嫌な予感がします。

 

 

シエル:あの、そのことですが……。

 

 

シンシア:どうしたの、シエル。

 

 

シエル:昨日の夜、大門さんに会いました。その時、大門さんが変なことを呟いてたのをシエルは聞きました。

 

 

マチアス:……内容は?

 

 

シエル:最初から聞いていた訳では無いですが……魔女の使命を解放するとかどうとか……。

 

 

シンシア:それって昨日大門さんと話してた内容……。

 

 

マチアス:……まさかあいつ。くそっ! 逸った真似を!

 

 

シンシア:どういうことですか?

 

 

マチアス:おそらく大門は一人で、魔女を使命から解放させる方法を……お前を自由にさせる方法を探しにいったんだ。

 

 

シンシア:そんな! 早く追いかけないと!

 

 

マチアス:何故相談しなかった……大門!


 

―――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)
【シーン13】


   (大門の故郷、東の国の領土の島で、大量の財宝と縄で手足を縛られた美しい村娘を連れている。)

 


大門:よーいしょっと! 結構荒っぽいやり方だが、まぁ仕方ねぇだろうな。
   お嬢ちゃん、気分はどうだ?

 


村娘:くっ、この……放しなさい!

 

 

大門:別に取って食おうって訳じゃねぇんだ。
   あんたたちが 隠し持ってる秘密の書物を俺に貸してくれればいい。それだけだ。
   もしかしたらそこに……魔女を己の使命から解放させる方法が書いてるかもしれないんだ。

 


村娘:そんなこと、信じるわけないでしょ! この鬼め!

 

 

大門:全く、もう亜人は怪物扱いなんだな。昔は共に暮らしてたのに、残念だぜ。
   ……まぁ、信じてくれねぇから、お前や村の宝を質にしてるわけだ。
   村にいたら多勢に無勢だからな。人気のない島まで場所を移して……大変だったぜ。

 


村娘:あんたなんか、村の人たちがやってきてすぐに倒してくれるんだから!

 


大門:そうかいそうかい。だが、俺も伊達に鬼をしてねぇんだ。
   力比べなら負ける気はしないんでね。

 

 

勇者:悪党め! この村の娘は返してもらうぞ!

 

 

大門:へっ、おいでなすったか!

 

 

勇者:遠からず者は音に聞け! 近くばよって目にもみよ! やあやあ我こそは――

 

 

大門:あ? 遠くて聞こえねぇぞ。どこから生まれたか何野郎か知らねえが、こっちも仲間の為に命を賭けてるんだ。
   邪魔するなら容赦はしねぇぞ!

 

 

勇者:悪は必ず滅びる定め。宝を奪い、村の娘を奪ったその悪行、この――桃太郎の刀の錆にしてくれる!

 

 

大門:悪? 俺が悪だって? 何も知らねえくせに吠えるんじゃねえよ!

 

 

勇者:もはや問答無用! いざ――

 

 

   (間。7カウント)

 


マチアス:……一足遅かったか。大門……。

 

 

大門:あぁ……マチアスか……。

 

 

マチアス:何故早まった真似をした……。何故相談してくれなかった……。
     相談してくれれば、こんな目には……。

 


大門:へへ……なーに言ってんだ。二人とも死んじまったら意味がねぇだろ?

 

 

マチアス:大門、お前……。

 

 

大門:ダージリンが死んでよ、思ったんだ。遺されていく気持ちって奴をな。
   俺はどうにかして……シンシアを魔女の使命から解き放ってやりたかった……ぐっ、ごほっ……。

 

 
マチアス:何故そこまでして……。

 

 

大門:何故? 仲間だからに決まってんだろ……。皆、俺の大切な友達だ……。
   だから……ごほっ、ごほっ!

 


マチアス:もういい……喋るな、大門……。

 


大門:マチアス……。

 

 

マチアス:……なんだ。

 


大門:後はお前だけだ。……道を……誤るんじゃねえぞ。

 

 

マチアス:……大門? おい! しっかりしろ!
     くっ……分かったよ大門。お前の想い、確かに受け取った。

 

 

 

―――――――――――――――――(シーン転換。7カウント)     
【シーン14】

 

   (荒廃した街。そこには家や家族を失い、飢えた人たちが助けを求め彷徨っている。)

 


住民:あぁ……誰か……。誰か助けてください。

 


シンシア:……っ。

 

 

住民:魔女様……助けてください。お願いですから……。

 

 

シンシア:……ごめんなさい!

 

 

住民:そ、そんな! どうか……どうか……。

 


シンシア:はぁっ……はぁっ……。

 

 

マチアス:帰ってたのか、シンシア。……そんなに息を切らしてどうした?

 

 

シンシア:うっ……うっ……。

 

 

マチアス:……泣いているのか。

 

 

シンシア:……私は……何も出来ない……! そこに困ってる人がいるのに、何も!
     結局ダージリンさんや大門さんのことだって私は……。

 

 

マチアス:無理もない。助けたくても助けられない。助けようとすれば己が使命に食い殺される。
     魔女の使命とは言え……つらいだろう。

 


シンシア:……。

 

 

マチアス:こうやって長い時間生きてきたのだな、お前は。
     人を救える力を持ちながら、救うことが許されない。
     その悔しさを噛みしめながら、ずっと……。

 

 

   (マチアス、シンシアを抱きしめる)

 

 

マチアス:シンシア……。

 

 

シンシア:マチアス……さん……。

 

 

マチアス:一人で抱えなくていい。そのつらさ、少しでも多く、俺に背負わせてくれ。

 

 

シンシア:……ありがとうございます。

 


マチアス:そうだ。海にでも行こうか。

 


シンシア:え?

 

 

マチアス:お前は少し、気を張り詰めすぎだ。たまには気分転換をしよう。
     お前はお前自身のために時間を使ったことがないだろう?

 


シンシア:……でも。

 

 

マチアス:人々が苦しんでいる間、自分だけ……それも気分転換という理由で海に行くのが気が引ける。そう言いたいんだろう?

 

 

シンシア:……はい。

 

 

マチアス:だろうな。だが、どこにいてもお前は何もできず、ただ心を擦り減らしていくだけだ。

 

 

シンシア:……。

 

 

マチアス:だが、これは建前だ。本当は……お前の悲しむ姿を、俺は見たくない。

 

 

シンシア:……マチアスさん。

 

 


マチアス:一緒に海に行こう、シンシア。

 

 

シンシア:……はい。

 

 

   (海へ。5カウント。)

 

 

シンシア:……潮風が気持ちいい。波に音って、こんなに心地良いんですね。

 

 

マチアス:喜んでくれて何よりだ。

 

 

シンシア:こんな美しい景色なのに、今、人類が衰退しかけてるなんて嘘みたい。

 


マチアス:衰退し、それでも生き残った者達が努力して繁栄させていくのだろうな。

     当然繁栄したことも君は全て本に書くんだろう?

 


シンシア:えぇ。

 

 

マチアス:全てが悲しいことばかりじゃない。嬉しいことも同じくらいあるだろう。
     希望と絶望、繁栄と衰退。その循環の中に、俺や大門、ダージリンの出会いがあるんじゃないか。

 

 

シンシア:循環の中の一つ……。その幸せにはいつか終わりが来るという事ですね。

 

 

マチアス:それはお前も、俺も覚悟してきたことだろう。
     ……受け入れるにはとても勇気がいることだがな。

 


シンシア:そう……ですね。

 


マチアス:シンシア。

 


シンシア:なんですか?

 

 

マチアス:こんな時に言っていいのかは分からない。だが、言わせてほしい。
       (間。3カウント)
     俺は……お前を愛している。
     どうか、俺の命が消えるまで、共にいさせてくれないか。

 

 

シンシア:え――

 

 

マチアス:最初は自分自身、魔女という立場に対する同情かと思っていた。
     しかし違った。ただ単純に、お前が愛おしかった。
     だから、魔女の使命に苦悩するお前を見ていられなかったんだ。

 

 

シンシア:マチアスさん……。

 

 

マチアス:駄目か?

 

 

シンシア:いいえ。嬉しいです。
     私も……貴方の事をお慕いしていましたので。

 

 

マチアス:そうか。それは嬉しいな。

 


シンシア:でも、私は……魔女です。私は貴方と共に老いることも、共に逝くことも出来ません。
     それに、魔女の私は、貴方の子を生むことすらできません。それでもいいのですか?

 


マチアス:別に構わない。子供だって必要ない。いや欲しくないと言えば嘘になるだろう。
     だが、俺はお前さえいてくれれば……それでいい。
       (間。3カウント)
     お、おい。何も泣くことないだろう。

 


シンシア:いえ……魔女の私を愛してくれる人なんて今までいませんでしたから。
     本当に……その……嬉しくて。

 

 

マチアス:そうか。

 

 

シンシア:……お陰様で、なんとか自分の使命と向き合えそうです。

 

 

マチアス:……それは良かった。

 

 

シンシア:そろそろ帰りましょうか。私たちの家に。やらなければならないことがたくさんあります。
     

 

 

マチアス:そうだな。つらくなったらいつでも弱音を吐いていいからな。
     全部俺が聞いてやる。

 

 

シンシア:ありがとうございます。……ふふ。

 

 

マチアス:どうした。

 

 

シンシア:私の目は間違っていませんでした。やっぱり貴方は優しい人でした。

 

 

マチアス:ぬ……。

 

 

シンシア:仏頂面であまりお喋りな人ではないですけど、誰よりも優しくて、誰よりも素敵な狼男さんですよ。

 

 

マチアス:……嬉しいが……その……照れる。

 

 

シンシア:ふふふ。

 

 

マチアス:ほ、ほら。さっさと行くぞ。

 

 

シンシア:はい。うふふ。

 

 

  (間。7カウント)

 

 

シンシアM:それから900年間、マチアスさんは死ぬまでずっと私の傍にいてくれた。
      ずっとずっと、私の事を想い続けてくれた。
      彼と過ごした900年もの間、繁栄と衰退、世界は何度、その循環を繰り返したか分からない。
      ただ確かなのは、嬉しい時も、悲しい時も一緒にいてくれて、二人で気持ちを分かち合ったことだ。
      私たちはそこで多くの人と出会い、そして彼らが歴史へと還っていくのを見守った。
      勿論、マチアスさんも。
      時の流れには勝てず、老いたマチアスさんは私の腕の中で永遠の眠りについた。

 

 

 

――――――――――――――――(シーン転換。カウント7)
【エピローグ】


   (魔女の家にて)

 

 

シエル:マスター。お仕事の時間です。

 

 

シンシア:……。

 

 

シエル:マスター?

 


シンシア:ダージリンさんも、大門さんも……マチアスさんも皆、いなくなってしまった。
     やっぱり私は……取り残される。

 

 

シエル:……マスター、貴女はどうしますか?

 

 

シンシア:どうって?

 

 

シエル:この先マスターは、世界の歴史を綴るという、果ての無い作業に向かわなければなりません。
    そこでまた貴女は、同じように悩み、苦しみ、悲しむでしょう。

 

 

シンシア:……そうね。

 


シエル:ですが、もう一つ道があります。

 


シンシア:え?

 

 

シエル:その方法とは魔女の使命を放棄することです。

 

 

シンシア:それって――

 

 

シエル:それはすなわち魔女の消滅を意味します。
    本来、使い魔として提案すべきことではないことくらい、シエルは理解しています。

 


シンシア:……だったら、何故?

 


シエル:悲しむマスターをもう見たくない、ただそれだけです。

    泣いているマスターを見る程、シエルの胸は痛くなります。
    だから……提案しました。

 


シンシア:放棄したら、どうなるのかしら……。

 

 

シエル:次第に魔女の力が失われ、力が無くなれば、肉体の崩壊へと進行します。

 

 

シンシア:あなたは?

 


シエル:シエルはマスターの魔力によって生み出されたもの。
    魔女の力が失うと同時に、シエルも一緒に消滅するでしょう。

 

 

シンシア:魔女の使命を放棄する……そんなこと考えた事なかった。
     皆はどう思うのかしら……。
     いえ、皆がどうじゃない。そんなこと、初めから決まっている。

 

 

シエル:シエルはマスターに従います。

 

 

シンシア:えぇ、ありがとうシエル。……決めました。私は――

 

 

 

END

bottom of page