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『舞い散る花と愚鈍な月』

〇愚鈍丸(見た目年齢20代後半)
 グドンマル。本名は水島 左近(ミズシマ サコン)。
 大太刀を操る剛剣士。旅する。
 国の命令によって、家族・故郷を見捨てた剣豪。
 その後国の策略により、裏切り者として追われる身になる。

 

〇散(見た目年齢10代前半)
 チル。享保の大飢饉の際、口減らしの為に捨てられた少女。
 本来散るはずだった子供だから「チル」と呼ばれている。


●堂島 森厳(見た目20代後半)
 ドウジマ シンゲン。愚鈍丸の親友。
 幕府の命令によって愚鈍丸を追う。

 

●徳川 家光
 江戸幕府の3代将軍。2代将軍秀忠の二男。
 徳川の世を守るためなら、汚い手を使う事も厭わない。

 

●土蜘蛛
  家光に仕える忍。普段は家光の一側近として活動しているが、
 その裏では隠密・諜報など、影で動いている。

―――――――――――――――――――――――
【キャスト】

(♂)愚鈍丸
(♀)散
(♂)森厳 + 武士1
(♂)家光 + 武士2
(♂)土蜘蛛 + 武士3
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【零】

 

愚鈍丸:この世は無常にて無情。人が生くるには酷過ぎる。
    我らは戦乱の世を生き抜くために己の腕を磨き、主の命にてその腕を振るう。
    我が主は徳川。徳川の命は絶対従順。
    主が是と言わば是、非と言わば非。非であらばそれ即ち、滅すべき悪なり。
    それが、それこそがこの世の為であり、徳川の為、そして己の為なり。

 

散:本当に?

 

愚鈍丸:え?

 

散:それで貴方は幸せになった?

 

愚鈍丸:それは……。

散:それで貴方は何を手に入れた?

 

愚鈍丸:俺は……何も手に入れることができなかった。

    ……いや、むしろ、愚かしいまでに従順であったが故に、俺は貶められた。
    主に、そして仲間だった者に裏切られた。
    全てを奪われ、そして「愚鈍丸」という名の烙印を押され、俺は野に放たれた。

 

散:そう、これは愚かな男と一人の捨て子の物語。

 

愚鈍丸:『舞い散る花と愚鈍な月』(タイトルコール)

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――
【壱】

 

   (山奥の鬱蒼とした森を歩く愚鈍丸と散)

 

散:ぐーどーんーまーるー!

 

愚鈍丸:……。

 

散:愚鈍丸ってばー!

 

愚鈍丸:黙って歩け。

 

散:黙ってたら暇過ぎて死んじゃうよ。

 

愚鈍丸:呑気にお喋りしてる余裕がないくらい分かるだろう。

 

散:でも張りつめすぎるといざって時にやってられないよ。

 

愚鈍丸:……はぁ。

 

散:もしかして話すのが苦手だからそれで誤魔化してるんじゃない? にひひ。

 

愚鈍丸:……お前は少し女らしく出来ないのか。

 

散:あ、愚鈍丸はそういうのがお好みで? えー、おほん。あちきとお喋りしておくんなまし?

 

愚鈍丸:おい、何処でそんな言葉を覚えた。

 

散:にっひひ~。

 

愚鈍丸:はぁ……。もっと淑やかにしろという意味だ。分かったか。

 

散:でもお淑やかにしてたら――

 

武士2:おい! 愚鈍丸だ! 愚鈍丸がいたぞ!!!

 

散:こんな状況で生き抜けないよ。

 

愚鈍丸:……是非も無し、か。散、俺の後ろに隠れていろ。

 

武士2:餓鬼を庇いながら戦うというのか? 随分と我らを舐めているようだな。その余裕――

 

愚鈍丸:しゃぁあああああ!!!(斬りかかり)

武士2:ぬぅ!!?

 

愚鈍丸:俺は嘘が苦手でな。守り切れぬのであらば、もとより其の様な事等言わぬ。……なぁ、散?

 

散:そうだそうだー! やっちゃえ、愚鈍丸! しゅっしゅっ! しゅっしゅっしゅ!(シャドーボクシングみたく腕を素振りする)

 

愚鈍丸:……。無駄な殺生は好まぬ。早々に退くが良い。

 

武士2:戯言を! このまま貴様を逃せば、それこそ我らの首が落ちるわ!

 

愚鈍丸:……そうか。ならばその首、少し早く落ちる事になるであろう。

 

武士2:かぁあああああああ!(斬りかかる)

 

愚鈍丸:散、少し目を閉じていろ。

 

散:うん。

 

愚鈍丸:はぁああああ!!!(武士の攻撃を捌き、袈裟掛けに斬り伏せる)

 

武士2:がはっ! ……む……無念……。

 

   (刀に付いた血を振り払い、鞘に納める)

 

愚鈍丸:さらば。……行(ゆ)くぞ、散。

 

武士2:愚鈍丸……。成程……噂に違わぬ剣豪振りよ。
    だが、それ以上に……愚かな男……。ふふ……ははは……。

 

   (間・3秒)

 

散:なー愚鈍丸。そう言えばどうして愚鈍丸って言うんだ?

 

愚鈍丸:さてな。覚えがあり過ぎて分からん。

 

散:なんだよそれー。

 

愚鈍丸:……だが、一つだけ言えることがある。

 

散:……うん?

 

愚鈍丸:それは……俺がどうしようもなく愚かだということだ。

 

 

―――――――――――――――――
【弐】

 

   (江戸城にて、将軍・徳川家光に一連の報告をする武士)

 

家光:そうか、愚鈍丸に逃げられたか。

 

武士3:も、申し訳ございませぬ家光様!!! この失態、腹を切ってお詫び――

 

家光:まあそう死に急(せ)くでない。今や愚鈍丸と呼ばれておる男だが、嘗ては剣豪と呼ばれた程の猛者。
   お主らが束になって掛かろうが、彼奴を討てるなどと思ってはおらぬ。
   そこらの兵が討てる程、奴の首は安くない。

 

武士3:ならば、如何致しまするか。

 

家光:ふむ……そうだな。

 

森厳:ならばその任、この堂島森厳に!

 

家光:森厳……。そうか、其方は愚鈍丸と知り合いであったな。確か……同郷の者であったか。

 

森厳:はい。愚鈍丸……いえ、水島左近とは幼き頃から知っておりまする。

 

家光:ほう。だがお主に友が斬れるのか?

 

森厳:それは幼き頃の話。今は憎き仇。敵でござる。

 

家光:……ほう。

 

森厳:殿が命じて下されば、愚鈍丸の首、必ずや殿の御前に!

 

家光:言うたな、森厳。もし嘗ての友を前に決意が鈍り、裏切る事があれば……分かっておるであろうな?

 

森厳:拙者が戻らぬ時は奴に斬られた時! 御恩ある殿を謀(たばか)るつもり等、毛頭ありませぬ!

 

家光:……成程。あい分かった。堂島森厳、其方に兵を与える。必ずや逆賊、水島左近を討て!
   そうだな、其方に我が忍、土蜘蛛を貸してやろう。戦いから隠密まで何でも熟せる。好きに使うが良い。

 

森厳:ははっ!

 

家光:其方の覚悟、見せてもらうぞ。

 

 

―――――――――――――――――
【参】

 

   (回想・江戸城「松の廊下」にて)

 

家光:左近! 左近はおるか!

 

愚鈍丸:ここに!

 

家光:奥州で一揆が起きた。兵を率いて鎮めて参れ!

 

愚鈍丸:ははっ!

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   (間・3秒)

家光:左近! 島原にて天草四郎なる者が反乱を起こした。お主も同行せよ!

愚鈍丸:はっ!

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   (間・5秒。夜、江戸城「御休息之間(将軍の寝室)」にて。一人で酒を飲んでいる家光)

 

家光:はぁ……。

 

土蜘蛛:浮かぬ顔ですな。如何され申した。

 

家光:土蜘蛛か。ん? その血はどうした?

 

土蜘蛛:殿に仇なす鼠を始末してきたところでござる。お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありませぬ。

 

家光:構わん。……のう土蜘蛛、水島左近をどう思う?

 

土蜘蛛:水島殿……ですか? ふむ……。

 

家光:遠慮はいらん。申せ。

 

土蜘蛛:水島殿は武芸は勿論、兵の統率や兵法にも長けておられて大変優秀な将だと思いまする。

 

家光:ふむ……。

 

土蜘蛛:殿も気に入っておいでではないのですか?

 

家光:儂がか? 馬鹿を申せ。

 

土蜘蛛:え?

 

家光:儂は奴が時より恐ろしく思える。彼奴は何でも出来、如何なる命をも果たすのだ。それがどれだけ無茶な命でも、な。
   ……丁度この前も、彼奴の故郷が幕府に対して一揆を企てているから鎮めてこいと言うたのだが……
   奴は村ごと焼き払ったよ。その中に己の家族もいただろうにな。

 

土蜘蛛:……して、その反乱は?

 

家光:もとより反乱など無い。あの命は奴の忠義を試したものだ。
   ……普通の者ならば、戸惑い、せめて家族だけでもと助けを乞うはずなのだが、奴は――

 

土蜘蛛:……。

 

家光:肉親を殺し、故郷を焼いたにも関わらず、彼奴は眉一つ動かさず、次の命を、と抜かしおった。
   なんとも恐ろしき男よ。これは奴の忠義を試す命であったが、まさか躊躇いもせずに……。

 

土蜘蛛:確かに、恐ろしき男ですな。成程「愚鈍丸」と呼ばれる訳だ……。

 

家光:愚鈍丸?

 

土蜘蛛:他の将たちが、水島殿のことを愚鈍丸と呼んでいるのを聞きましてな、殿の話を聞くと合点がいき申した。

 

家光:愚鈍丸! はははは! それは面白い名じゃ! 儂もそう呼ぶとしよう!

 

土蜘蛛:ははははは!

 

家光:はははははは! ……ふう。水島左近は近々国を追われる。そうだな、謀反を企てた罪にでもしておこうかの。

 

土蜘蛛:え?

 

家光:領地は没収、武具等も全て取り上げろ。奴の牙を根刮ぎ折るのだ。土蜘蛛、貴様も力になれ。

 

土蜘蛛:はは、殿の命令であらば!

家光:水島左近……いや、愚鈍丸。貴様の存在は徳川の安寧を乱す。悪いが一足先に抜けてもらおうぞ。


 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
   (間・3秒。追放、愚鈍丸。散との出会い)

 

愚鈍丸:今、なんと……?

 

家光:水島左近、貴様を謀反の罪で処罰するといったのだ。

 

愚鈍丸:謀反!? どうして拙者が謀反を――

 

土蜘蛛:白々しい嘘を吐くな水島殿! こちらは貴殿が謀反を企んでいる証拠があるのだ!

 

愚鈍丸:証拠ですと!?

 

土蜘蛛:この文(ふみ)を見てもそう言えるか!

 

愚鈍丸:これは……? まさか殿、このような偽の文を信じるのですか!?

 

家光:貴様は家族や故郷ですら、眉一つ動かさず焼き捨てる男だ。儂を裏切るのも容易かろうよ。

 

愚鈍丸:それは……殿が……。

 

家光:土蜘蛛。

 

土蜘蛛:はっ!(小刀を愚鈍丸の首につきつける)

 

家光:口答えするならば、そのまま首を落としても良いのだぞ?

 

愚鈍丸:くっ……!

 

家光:そうだな……。これまでの活躍に免じて、命だけは勘弁してやろう。
   但し領地は没収、佐渡へ島流しとする! 早々に儂の前から消えるがいい。

 

愚鈍丸:殿! 待ってくだされ! 殿!!!

 

家光:くどい!


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   (間・5秒。佐渡へ流刑にされた愚鈍丸)

 

愚鈍丸:……何故俺が斯様な目に合わねばならぬのだ。俺が一体何をしたというのだ。
    ただ只管に、幕府のために身を粉にして働いてきたというのに……。

 

武士1:御免。

 

愚鈍丸:誰だ。

 

武士1:愚鈍丸……いや、水島左近だな。

 

愚鈍丸:そうだが、それが何か?

 

武士1:家光様の命により貴殿の首を貰いに来た――覚悟!

 

愚鈍丸:くっ!? ……なるほど、名目は流刑とし幕府としての情を見せ、その裏で密かに始末する、か。賢いな。
    それにしても愚鈍丸とは……酷い名だ。いや、今の俺にはお似合いか。

 

武士1:分かっておるならそのまま神妙に致せ!

 

愚鈍丸:……断る。

 

武士1:ならば致し方なし! 死ねぇええええ!!!

 

愚鈍丸:ふんっ!(躱す) 雑兵如きが俺を殺せると思うな! はぁあああ!!!(素手で武士を倒す)

 

武士1:ぐふっ……。素手……だと……。

 

愚鈍丸:どうやらここは安全ではなさそうだ。……どこか旅に出るか。
    おい、この刀は貰っていくぞ。――さらば。


 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
   (間・3秒。森の中)

 

愚鈍丸:はぁ……。ここは何処だ……。どれだけ歩いただろうか。
    ……ぬ、雨か。どこかの木の陰で止むのを待つとするか。

 

散:うっく……、ひぐっ……。

 

愚鈍丸:何奴!? ……子供? 何故斯様な場所に。

 

散:うぅ……父様ぁ(ととさま)、母様ぁ(かかさま)……。

 

愚鈍丸:先の飢饉で口減しにされたか。……哀れだな。
    親の都合で産み落とされ、不要となれば捨てられる。……俺も、この娘と同じなのか?
    ……畜生、胸糞悪い。(去ろうとする)

 

散:えぅ……、えぅ……。

 

愚鈍丸:……俺も……この娘のようになるのか? 
 

    (引き返して散の下へ)……おい娘、名は何という。

 

散:……。

 

愚鈍丸:名すらも与えられなかったか……。おい娘、行くぞ。

 

散:え?

 

愚鈍丸:勘違いするなよ。ここでお前が飢えて死ねば、俺の気分が悪くなると思うたのだ。
    町に出ればお前を引き取ってくれる者がいるかもしれぬ。さぁ、早う歩け。

 

散:う、うん……。

 

   (間・3秒)

 

愚鈍丸M:この時世、飢餓による貧困もあってか、捨て子を養おうと考える者など、何処を探しても居はしなかった。
     このまま町に置き去りにすれば、森の中にいた時と変わらず、この娘は飢え死ぬだろう。
     ……仕方なく、俺はこいつを連れていくことにした。
     共に旅をするには名が必要だと思い、名前を付けた。
     散るはずの命……。俺はこの娘をチルと名付けた。


   (回想終了)

 

―――――――――――――――――
【肆】

 

   (間・5秒。旅の途中)

 

散:愚鈍丸~。

 

愚鈍丸:どうした、散。

 

散:なんにもないよ! 呼んだだけ!

 

愚鈍丸:用も無いのに呼ぶな。

 

散:えー。

 

愚鈍丸:……ん?

 

散:どうしたの、愚鈍丸。

 

愚鈍丸:着物、丈が短くなってきているな……。

 

散:着物? んー、大分着古してるからなぁ。

 

   (間・3秒)

 

愚鈍丸M:各地を転々とし、多くの町を巡ったが、一向に散を受け入れてくれる者はおらず、3年の歳月が過ぎた。
     最初はこの娘をいつ手放すか考えていた。女……さらに言えば子供なぞ旅の邪魔でしかないのだ。
     だが、最近は散と旅しているのが当たり前のようになってしまった。
          (間)
     散は変わった娘だ。散が吐く言葉は俺の調子を狂わせる。

 

散:どうしたんだよ愚鈍丸。ぼうっとしちゃって。 

 

愚鈍丸:ん? あぁ。……長い間着ていたからな。道理で着物が古くなる訳だ。
    だが、俺は尋ね者故、銭は無い。着物を買い替えるなぞ、殆ど出来んからな、許せよ。散。

 

散:別にいいよ。着る物が無かったら木の葉でも付けておくからさ。

 

愚鈍丸:いや、それは……。

 

散:あははははは、冗談だよ冗談!

 

愚鈍丸:……ふむ、次の町で探してみるとするか。

 

散:え、いいの?

 

愚鈍丸:お前が気に病むことではない。それに高価な物は買えんからな。


   (間・3秒)

 

愚鈍丸M:何を言っているのだ、俺は。無駄遣いをしている余裕なぞ無いと言うのに……。
     なんだこれは。近頃の俺は……どうかしている。

 

   (間・3秒)


散:ありがとう愚鈍丸! 散は着れるならなんでもいいよ!

愚鈍丸:……そうか。

散:(少々間)そう言えば愚鈍丸ってさぁ、ぜんっぜん笑わないよな。

愚鈍丸:なんだいきなり。……まぁ、そうだな。家光様に仕えていた時も、それに今も、必死で笑う機会なぞ無かったからな。

散:笑わないと幸せは来ないんだぞ!

愚鈍丸:別に笑わなくても生きていける。

散:なんだよそれ。笑わなくても生きていけるなんて、そんなつまんない事言うなよなー!

愚鈍丸:……お前は俺にどうしろと言うのだ。

散:そうだ!(急に立ち上がる)

 

愚鈍丸:うん?

 

散:それじゃあ散が笑う! 愚鈍丸は笑うのが下手だから散が愚鈍丸の分まで笑うよ! へっへん!

 

愚鈍丸:……それでいいのか? ふっ、やはり変わった娘だ。

 

散:お? なんだよ、笑えるじゃんか。へへっ!

 

   (間・3秒)

 

愚鈍丸:……なぁ、散。

 

散:うん?

 

愚鈍丸:俺と一緒にいて楽しいか?

 

散:え?

 

愚鈍丸:金も無ければ住処も無い。さらには追われている身故、身の危険さえもある。

 

散:後、話すのも下手だしなー。冗談も利かないし。

 

愚鈍丸:ぬ……。

 

散:散は楽しいよ。愚鈍丸と一緒に旅をしてて楽しい。

 

愚鈍丸:そうか。

 

散:そりゃ追われてる身だからさ、のんびりなんて出来ないけど。それでも散は愚鈍丸と旅をしたいんだ。
  散は……幸せだよ?

 

愚鈍丸:……そうか。

 

散:追われる事が無くなったら、色んな所に行ってみたいな。

 

愚鈍丸:そうだな……好きな所へ旅をしよう。

 

散:散、海の向こうへ行ってみたい!

 

愚鈍丸:あぁ、行こう。海の向こうでもどこへでもな……。

 

散:うん!

 

―――――――――――――――――
【伍】

 

   (幼き頃の森厳、愚鈍丸。故郷にて家康の視察の行列を遠くから見ている)

 

森厳:左近! 見てみろ!

 

愚鈍丸:あれは……。

 

森厳:家康様の行列だ。すっごいなぁ! 俺たちもいつかはあの行列に入りたいよな!
   偉くなって、将軍様に仕えるんだ! 

 

愚鈍丸:あぁ。

 

森厳:俺とお前で、将軍様をお守りするんだ! いいな、左近。約束だぞ!

 

愚鈍丸:あぁ、約束だ。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

   (間・3秒。廊下にて武士たちの会話を立ち聞きする森厳)

 

武士3:いやはや、水島殿は凄いな。
    家光様のどのような命をも必ず応えられる。

 

森厳:……ん? なんだ? 左近の話か?

 

武士3:剣を握れば並ぶ者はおらず、兵を動かせば一糸乱れぬ統率をさせる。
    これ以上の者はおらぬのではないか?

 

森厳:……やはり凄いな、あやつは。俺も負けてはいられんな。

 

武士3:これで徳川も安泰ですな! はははははは!

 

森厳:徳川も安泰、か。俺もそう言われたいものだ。……さて、仕事に戻らねば。(去る)

 

武士3:ただ、少し従順すぎるのが珠に瑕なところはありますがな。


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   (間・3秒。焼野原となった故郷を見て放心する森厳)

 

森厳:なんだ……これは……? 村が……俺の……故郷が……。

 

武士2:酷いもんだ。一揆を起こそうとしているからとは言え、村ごと焼き払うなんてな……。

 

森厳:父上! 母上! 兄上!!!

 

武士2:その中に自分の親もいたって話だ。全く、いくら幕府の命令だからといっても、血も涙もないのかねぇ。

 

森厳:……ち、父上……。おぉ……おぉおおお……。

 

武士2:水島左近? あぁ、噂の愚鈍丸って奴か。幕府に忠実に従う犬。何考えてるのか分からねえな。

 

森厳:左近……? 左近がやったのか!? ……左近……どうして……。
   いくら友とは言え、この所業……。許さん、許さんぞ!!!
   うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
   (間・3秒)

 

森厳:左近が?

 

家光:謀反の罪で流刑に処した。

 

森厳:……謀反。

 

家光:うむ。この徳川に反旗を翻すとは不届き千万。今頃佐渡にて一人寂しく暮らしているであろうよ。

 

森厳:……左様でござるか。

 

家光:彼奴の友だったお主としては辛かろうが、堪えてくれ。

 

森厳:……はっ。

 

   (間・3秒)

 

森厳M:謀反だと? 故郷を焼き払うだけでは飽き足らず、幕府まで乗っ取ろうとでも思うたのか。
    分からぬ。左近よ、貴様は一体何を考えている?

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
   (間・3秒)

 

土蜘蛛:森厳殿?

 

森厳:む……。あぁ、すまぬ。少々呆けていた。

 

土蜘蛛:長旅で疲れが溜まっているのか?

 

森厳:いや、大丈夫だ。……少し、昔の事を思い出していた。

 

土蜘蛛:昔の事?

 

森厳:左近……いや、愚鈍丸の事だ。

 

土蜘蛛:やはり嘗ての友を手に掛けるのは気が引けるか?

 

森厳:……いや、そのような事は無い。あの男は俺の故郷と家族を焼いたのだ。
   ましてや謀反を企て幕府から追放された男だ。気が引ける道理など無い。

 

土蜘蛛:……そうだな。

 

森厳:さて、行くぞ。休んでいる暇はない。早く奴を見つけて始末しなければならねば。
   奴は幕府の……徳川の毒だ。

 

土蜘蛛:……。

 

 

 

 

―――――――――――――――――
【陸】

 

   (間・5秒。場面転換。深い森の中、愚鈍丸と散は森の中で夜を過ごす)

 

愚鈍丸:……はぁ。

 

散:……ん、むぅ。……あれ? 愚鈍丸、起きてたんだ?

 

愚鈍丸:……山の中とは言え、俺は尋ね者だ。いつ誰が襲って来るかは分からないからな。

 

散:でも愚鈍丸強いから寝てても戦えるんじゃない? 敵が来たら起き上がって、こう、しゅばばーんってやっつけそう!

 

愚鈍丸:無茶を言うな。

 

散:愚鈍丸。

 

愚鈍丸:なんだ。

 

散:頭痛い。木の根っ子の枕、嫌だ。

 

愚鈍丸:……俺の膝を使え。

 

散:ははー、有難き幸せー。

 

愚鈍丸:……全く。

 

散:……膝、固いや。柔らかくしてよ。

 

愚鈍丸:無茶を言うな。

 

散:ちぇー。まあ木の根っ子よりはいっか。

 

愚鈍丸:……喜んでもらえて何よりだ。

 

散:ねえ。なんで散を拾ったの?

 

愚鈍丸:いきなり何を言い出すかと思えば……。夜も遅い、早く寝ろ。

 

散:誤魔化すなよー。

 

愚鈍丸:明日は日が昇る前に出発する。しゃんと起きることが出来るか?

 

散:……うぐ。分かったよ、寝るよぅ。

 

愚鈍丸:あぁ、お休み。

 

散:お休みなさーい。

 

   (間・3秒)

 

愚鈍丸:……理由、か。

 

―――――――――――――――――
【漆】

 

   (明朝。出発の準備をする二人)

 

愚鈍丸:散、準備はいいか?

 

散:ふぁああ……。もう朝早くに起きるの慣れちゃったよ。

 

愚鈍丸:良い事だ。一々叩き起こさなくて済む。

 

散:ねえ、目的の村まで後どれくらい?

 

愚鈍丸:そうだな、この調子だと三刻程度……昼過ぎには着くだろう。

 

散:ふぅん。あ、そういえばさ、全然話してくれないけど、どんな村なの?

 

愚鈍丸:……山奥で幕府からも忘れ去られた村と言われている。

    田畑を耕し自給自足し、藁を編んで筵(むしろ)を作る。

    江戸のような贅沢な暮らしは出来ないが、生きてはいける。

 

散:そっか……静かに暮らせるといいな。

 

愚鈍丸:……そうだな。

 

散:勿論二人で、ね! へへっ!

 

愚鈍丸:あぁ。

 

森厳:見つけたぞ! 水島左近……いや、愚鈍丸!

 

愚鈍丸:……森厳。

 

散:え、なに? 愚鈍丸、知り合い?

 

愚鈍丸:……あぁ、友だ。

 

森厳:友? 面白い事を言う。貴様は俺の敵だ。

 

愚鈍丸:……そうか。戦うしか……ないのだな。

 

森厳:どうやらそこまで愚かでは無いらしいな。……愚鈍丸、覚悟!!!

 

愚鈍丸:望むところ!!! かぁあああ!!!(打ち合い)

 

森厳:ぐぬ、まだまだぁあ!!!

 

愚鈍丸:俺だって、ここで斬られる訳にはいかぬのだ!

 

森厳:この期に及んで己の命が惜しいか!!! 恥じを知れ!!!

 

愚鈍丸:くっ! おおぉおおお!!!(刀を薙ぐ)

 

森厳:ぐぅ……! 剣豪と呼ばれただけはある。中々の腕前だ……。

 

愚鈍丸:負け惜しみか。

 

森厳:嗚呼、憎い、憎い。狂おしい程に憎い!!! 貴様が息をしているだけで虫唾が走る!

 

散:愚鈍丸、あんた、何したの?

 

愚鈍丸:幕府の為に……。

 

森厳:幕府の為ならば故郷でも焼き払うのか!

 

愚鈍丸:……。

 

散:愚鈍丸、あんた……。

 

森厳:幕府が命じれば住み慣れた村も、己の家族でさえも容赦なく殺す。そして主でさえも裏切る不忠! 生かしてはおけぬ!

 

愚鈍丸:黙れよ、森厳……。

 

森厳:その容赦ない所業を疎まれ、遂には逆賊として国を追われた。ふん、自業自得よ!

 

愚鈍丸:黙れ……。

 

森厳:小娘よ、知らなかったか? これが水島左近が愚鈍丸と呼ばれる所以よ!!!

 

愚鈍丸:黙れぇえええええ!!!

 

森厳:怒りで鈍った刀なぞ、交える価値も無し。お前たち、相手をしろ!

 

武士2:はっ!

 

森厳:左近、主を失くし、故郷を失くし、家族を失くした今、何のために刀を交える……?

 

武士2:かかれ!!! 愚鈍丸を討ち取れぇえええ!!!

 

愚鈍丸:ぐぅっ――はぁああああ!!!

 

武士2:ぐぉっ!? なんだこの男……本当に人間か!?

 

愚鈍丸:ぜぇ……ぜぇ……、まだやるか? ならば容赦はせんぞ!!!

 

武士2:ひぃ……。

 

愚鈍丸:走るぞ、散!

 

散:う、うん……。

 

森厳:逃げるな! 追え! 追えぇええ!!!

 

 

――――――――――――――――
【捌】

 

愚鈍丸:はぁ……、はぁ……、ぐっ……!

 

散:愚鈍丸……傷、大丈夫?

 

愚鈍丸:あぁ……大事ない。

 

散:この森を抜けたら村に出るからもう少しの辛抱だよ!

 

愚鈍丸:そうか、もうすぐ村に出るのか……。

 

散:村に出たらお医者様に傷を看てもらおう!

 

愚鈍丸:……この辺りで良いだろう。

 

散:うん? どうしたんだよ、愚鈍丸。急に立ち止まったりして。

 

愚鈍丸:お別れだ、散。達者で暮らせよ。

 

散:……え? ちょ、ちょっと待って、何言ってるんだよ……。

 

愚鈍丸:このまま俺と旅をすれば、今よりもっと危険な目に逢うだろう。
    俺はお前を守り切れる自信が無い。

散:な、なんだよそれ……。

 

愚鈍丸:分かってくれ。

 

散:い、嫌だ……。

 

愚鈍丸:頼む。

 

散:嫌だ嫌だ!

 

愚鈍丸:散……。

 

散:散は、愚鈍丸と旅したいんだ!

 

愚鈍丸:死ぬかもしれないんだぞ!

 

散:あんたの気まぐれで散を拾って、あんたの気まぐれでお別れなんて……。
  そんなの……そんなの勝手すぎるよ!!!

 

愚鈍丸:……すまん。

 

散:謝るなら散を連れていけ!

 

愚鈍丸:……さらば。(去る)

散:愚鈍丸!!! 

愚鈍丸:すまんな、散。俺はこの方法しか思いつかん。俺は愚か者だから……「愚鈍丸」だからな。さらば。

散:うぁああああああああ!!!

   (間・3秒)

愚鈍丸M:俺は一体何をしている……?
     自ら死にに行くというのか?
     誰に命ぜられた訳でもないというのに、命ぜられる主君等いないというのに……。
     俺は……死にたいのか? いや、そんなことはない。俺は――

 

   (間・3秒。森厳と対峙する愚鈍丸)

 

森厳:まさか一人で戻って来るとはな。娘はどうした?

 

愚鈍丸:どうでもよかろう。

 

森厳:確かにそうだ。我らに用があるのは愚鈍丸、貴様なのだからな。

 

愚鈍丸:……。(構える)

 

森厳:おっと。あまり迂闊に動かぬほうがよい。

 

土蜘蛛:鉄砲隊!

 

愚鈍丸:人ひとり殺すのに大層なもんだな。

 

森厳:全くだ。本当は刀を交えて貴様の殺すのが友としての責務だと思うたが……やむを得ん。
   
愚鈍丸:そう簡単に死んでやらんぞ?

 

森厳:構え!!!

 

愚鈍丸:行くぞ森厳!!!

 

森厳:やれるものならな!!!

 

   (間・3秒。追ってきた散)

 

散:愚鈍丸!!!

 

愚鈍丸:散!? 何故戻ってきた!!?

 

森厳:あの娘は……。鉄砲隊、娘を狙え。

 

散:え――

 

愚鈍丸:なに!? 止めろ森厳! あいつは関係――

 

森厳:愚鈍丸、大切なものを奪われる気持ちを教えてやろう。
   ――放てぇえええ!!!

 

   (鉄砲隊の銃撃、散を襲う)

 

愚鈍丸:散!!!!!(駆け寄る)

 

散:ぐ……どん……まる……。ごめん……きちゃった……。

 

愚鈍丸:そんなことはいい! 早く……早く血を――

 

散:ううん。これでいいんだ……。今まで散がいたから……愚鈍丸は……戦えなかった……。
   ……だから今度は……本気で戦って……それで……生きて?

 

愚鈍丸:……散……お前……。

 

散:愚鈍丸……あの時……散を拾ってくれてありがとう……。
  生きる楽しさを教えてくれてありがとう……。
  わがままを聞いてくれて――ごほっ! ごぼっ!(吐血)

 

愚鈍丸:散!?

 

散:もし……生まれ変わったら……また一緒に旅――

 

愚鈍丸:散……? おい!? 目を覚ませ!!! 散!!!

 

森厳:別れ話は済ませたか?


   (間・3秒)

 

愚鈍丸M:あぁ、そうか。
     俺はただ……この娘に……散に幸せになって欲しかったのだ。
     なのに、何故このようなことに……。

 

   (間・3秒)


森厳:聞こえておらぬようだな。まあいい、誰か此奴に止めを――ん?

 

愚鈍丸:森厳……貴様……。貴様ぁあああああ!!!

 

森厳:おぉ、怒れ怒れ。貴様に故郷を焼かれた時の俺も同じ気持ちだったぞ!!!

 

愚鈍丸:はぁあああぁああぁあああ!!!

 

森厳:鉄砲隊! 放てぇええええ!!!

 

愚鈍丸:ぐ……がぁああぁああああ!!!

 

森厳:な、馬鹿な!!! 鉄砲隊の攻撃を受けて何故立っていられる!?

 

愚鈍丸:森厳んんんん!!!(森厳の片腕を斬りおとす)

 

森厳:うがぁ!? くそっ! この……死にぞこないが!!! さっさと死ねぇ!!!

 

愚鈍丸:ぐっ……がはっ……。ち……る……。


   (間・3秒)

 

愚鈍丸M:旅をして……気づかされた。真に守るべき者……。本当の気持ち……。
     だが……遅かった……。遅すぎた……。
     
   (間・3秒)


森厳:やっと死んだか……。愚鈍丸め、俺の右腕を地獄に持って行ったか。
   土蜘蛛、此奴の首を斬れ。城に持って帰る。

 

土蜘蛛:分かった。……この娘の首は如何する?

 

森厳:そうだな……この小娘の首なぞ持って帰っても意味など無いが、一緒に持って行ってやれ。
   これで愚鈍丸も文句は言うまい。

 

土蜘蛛:承知。

 

森厳:さて、お主たちは先に戻れ。俺は……野暮用を済ませてくる。

 

土蜘蛛:森厳殿?

 

森厳:なに、直ぐに済む。

 

土蜘蛛:左様か。ならば我らは先に。全軍、撤退せよ!

 

   (間・3秒。一人になった森厳、愚鈍丸の死体を見つめる)

 

森厳:……憎くて憎くて仕方がなかった。
   絶対に殺してやると思っていた。
   お前を殺せば、この気持ちは晴れると思っていた。
   だが、これは一体どういうことだ?
   お前は死んだが俺の気持ちは一向に晴れぬ。
   体にぽっかりと穴が空いた気分だ。

 

森厳:愚鈍丸……。いや、左近よ。何故あの時、村を焼いた?
   いや、分かっている。主君の命ならば逆らえんよ。
   だが貴様は迷うことなく命に従い、自分の家族を、俺の家族を……故郷を焼いた。
   不義不忠と呼ばれ、血も涙も通わぬ鬼人と呼ばれ……最後には国を追われ裏切り者として蔑まれた。
   お前はそれでよかったのか? 他に道はなかったのか?
   他に道があれば……俺もお前を殺さずに済んだのではないか?
   多くの犠牲を生み、互いに血を流す必要は……。


 

 

――――――――――――――
【玖】

 

家光:土蜘蛛よ、大儀であった。

 

土蜘蛛:ははっ!

 

家光:そうか、終に愚鈍丸めを討ち取ったか。……して、奴の首は?

 

土蜘蛛:ここに。

 

家光:うん? 隣の娘の首は?

 

土蜘蛛:愚鈍丸が守ろうとしていた娘の首で――

 

家光:捨て置け。

 

土蜘蛛:は……?

 

家光:捨て置けと言っておる。用があるのはこの男の首だけだ。

 

土蜘蛛:ははっ!

 

家光:さて、愚鈍丸の討伐、よくやったと言いたいところだが……。森厳は如何した?

 

土蜘蛛: それが……。

 

家光:遠慮はいらん。申してみよ。

 

土蜘蛛:森厳殿は……ご自害なされました。人知れぬ場所で……腹を。

 

家光:愚鈍丸一人に多くの兵を失った責か、それとも友を自らの手で殺めたからか……。
   まあどちらでも良い。……愚鈍丸の首をよく見せい。

 

土蜘蛛:はっ。

 

家光:おうおう、愚鈍丸。久しぶりじゃのう。お主、随分とやつれたな。
   まあ酒でも飲むか? お? これ、酒と杯を持ってまいれ。

 

土蜘蛛:は……はぁ。

 

家光:江戸一の剣豪と呼ばれた男が、愚鈍丸と蔑まれ、終いには首だけとなったか。
   誠、情けないもんじゃのう。

 

家光:信じられるか? 貴様を討つのに百もの兵が命を散らした。
   貴様一人を討つのに、だ。貴様は鬼の生まれ変わりか何かか?
   いや違う。貴様はただの人間だ。いかに剣が達者でも、所詮は一人。数には勝てん。
   だからこうして首一つとなって儂の前におるのだ。
   ……最もひと昔前ならば活躍出来ただろうがな。恨むなら己の運命を恨め。

 

家光:じゃが、貴様を野に放しておけば必ず儂の……この徳川の災いと成り得る。
   感謝するぞ愚鈍丸。貴様の死は徳川の繁栄へと繋がるのじゃ。
   ふふ、はっはっはっはっは!!!

 

 

 

―――――――――――――――
【拾】

 

   (森の中、三つの墓石の前で忍、土蜘蛛は佇んでいる)

 

土蜘蛛:この世は無常にて無情。人が生くるには酷過ぎる。
    我らは戦乱の世を生き抜くために己の腕を磨き、主の命にてその腕を振るう。
    我が主は徳川。徳川の命は絶対従順。
    主が是と言わば是、非と言わば非。非であらばそれ即ち、滅すべき悪なり。
    それが、それこそがこの世の為であり、徳川の為、そして己の為なり。

 

土蜘蛛:……一人の男は時代に翻弄され、無情にも主、徳川と、その家臣たちに裏切られその生涯を閉じた。
    武功により名を馳せた男だったが、晩年は徳川の「非」となり、滅すべき悪となった。
    男の名は裏切り者の名として、みだりに口に出すことを禁じられ、やがて歴史の中から姿を消した。
    されどこの世は何一つ変わることなく、進み続ける。
    ただ只管に、進み続ける。

 

   (土蜘蛛、去る)

 

 

 

END  

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